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▼ 畢竟デザートオンザベッド


 街中の宿だというのにジャングルみてェに蒸し暑い夜だ。だが、並んだ二つ分の体温の方がきっと高い。
 裸のままベッドに寝転んで、取り留めない話をして笑い合う。数時間ぶっ通しで愉しんだ後の心地好い疲労感は、戦闘の後にも少し似ていて、けれどそれだけじゃ得られない安らかさも兼ね備えていた。
 とはいえ、心も身体もすっかり満たされた一方で、胃の中身の方は空っぽだ。

「ところでサボ、そろそろ腹減らねェ?」
「おっ、メシでも食いに出るか?」

 身を起こしたサボが微笑む。ついさっきまで息も絶え絶えだったとは思えないほど爽やかな笑顔だ。

「そうだな、サボが構わねェなら外で食おうぜ。酒場ならまだ余裕で開いている時間だろ」

 カーテンもかかってない窓の外には夜の帳が降りていたが、それでも灯りはちらほら見えている。今日は久しぶりの逢瀬だったこともあり、港で待ち合わせたというのにうっかり宿へと直行してしまった。今からでも一緒に街をぶらつくというのは悪くない話だ。

「甘い物でも食いたい気分なんだが、酒場にあるかな」
「サボが甘い物食いたがるなんて珍しいな」
「普段はそこまで食わねェけど……」

 たまに食いたくなる、とサボは床から服を拾い上げてからこちらを振り返る。

「エースにはそういうとき無いか? って激辛好きのお前に訊くのも何だけどよ」
「無くは無ェけど……」

 と口にしたところで、下着とズボンに一緒くたに両脚を通しているサボを見て、おれは自分でも分かるくらい意地の悪い笑顔を浮かべてみせた。

「──今はとびっきり甘い物を、たらふく平らげちまった後だからなァ」
「エース、先になんか食って来てたのか?」

 おれの方が先に島に着いたのに。サボはそう言って不思議そうに首を傾げていたが、やがて言葉の意味を理解したらしい。途端に目つきが険しくなる。

そういう風に喩えんなって何度も言ってんだろ! お前がメシ食ってんの直視出来なくなるんだよ!!」

 ヤベェ、と身構えるよりも早く、床に落ちていたはずのおれのズボンが勢い良く顔面に飛んでくる。イニシャルを象ったバックルが、小気味良いほど真っ直ぐ額にぶつかった。


『畢竟デザートオンザベッド』


「なァ、やっぱりデコ赤くなってねェ?」
「あんだけでお前がケガするわけねェだろ」

 横目でちらりと見ただけのくせに、サボは「平気平気、いつもどおりの男前だ」と繰り返し、手持ちのメニューへと視線を戻してしまう。
 最低限の身なりを整えたおれ達がやって来たのは、宿のすぐ近くにあった小さなレストランだった。
 しゃれた酒場を探して外に出たものの、腹の減っていたおれ達はこの店を見かけるやいなや、早々に予定を変更してしまったのだ。
 広いとはいえない店の中、客はかなりまばらだったが、それが時間帯のせいか店の評判のせいかは分からない。とはいえ、ここのところ、割れた酒瓶と叫び声が飛び交うような騒がしいメシ屋にしか縁がなかったおれからすれば、こうやって個別のテーブルに通されて、わざわざメニュー表まで出てくるような店というだけで既にマシだった。それでいて気取ってないと来りゃあ、サボと楽しむのには充分すぎるだろう。
 本当は向かい合わせで座るはずのテーブル、その片側に椅子を無理矢理二つ並べて、サボと肩を寄せる。
 水を持ってきた店員が「暑くないのか」と言いたげな視線を寄越したが、生憎こっちはさっきまでゼロ距離でくっついてた身だ。放っておけ。
 ──とはいえ、真横に座ったからこそ、気にかかることもある。

「……サボ、その格好、暑くねェの?」

 難解な書物よろしくメニューを真剣に読んでいるサボの首筋に、うっすらとした汗が滲んでいた。熱帯夜だから仕方がないと言えばそうだが、律儀に着込まれた服装はあまりにも暑そうだ。

「このベスト脱いじまえば?」

 いつもどおり上裸のおれとは真反対に、サボは長袖のシャツに加えてかっちりとしたベストまで着込んでいる。流石にコートやあのヒラヒラとした布までは付けていなかったが、それにしたって季節感などまるで無い。

「あのなァ、誰のせいで着てると思ってんだ?」
「え、おれのせいなのか?」

 驚いて問い返すと、呆れ顔のサボが短く頷く。なんでだよ、と言いかけたが、僅かに目尻を朱くしたサボが居心地悪そうに身を捩ったのを見て、気がついた。

「あっ」

 ──そういや、サボの乳首散々イジり倒しちまったんだった。
 小さな乳首とはいえ、あれだけぷっくりと育ててしまったのだ、シャツだけを着ていたら絶対目立ってしまうだろう。そういえば、宿を出る前のサボは、いかにも渋々といった様子でベストに袖を通していた気もする。
 おれの反応を見て、サボはこちらが答えに辿り着いたのを察したらしい。

「……そういうこと。それより早く注文しようぜ、腹減った。おれはデザートまで頼むからな」

 つんとした態度は一見そこそこ怒っているようにも見えるが、多分恥ずかしがっているだけだろうな。あんだけ気持ち良さそうに「もっと」ってねだってたのはサボの方だし……このじっとりとした暑さを思えば、ちょっとばかり悪いことしちまった、と思わないでも無いが。

「それにしてもよ、せめてボタン少し開けるなり──」

 ベストは仕方ないとはいえ、ボタンを一番上までしっかり留めることはないだろう。シャツの襟元に勝手に指を引っ掛けてやると、サボは「おいおい」と妙に焦った声を出した。

「襟元開けられねェんだって。これもお前のせいだぞ」
「これも?」

 険のある視線を寄越したサボは、「ったく……」と唇の先で文句を言いながらメニューをテーブルに置き、自らボタンを幾つか外し始める。開けられないと言ったそばから襟を開くのだから訳が分からない。
 そして、シャツの襟を両手で摘んだサボは、わざとらしく拗ねた様子でおれに寄りかかって来ると、大きな溜息と共にその『中身』を見せつけてきた。

「…………無理だろ。こんな風にされちまってんだから」

 シャツの奥、首筋から鎖骨に至るまで散らばる赤い痕。白くしっとりとした肌に、幾つも咲いた独占欲。
 ──なんだ、そんなことかよ。

「さっきのキスマークか。それくらい気にすんなって。そんなの見せてなんぼだろ」
「そんなわけあるか」

 おれの気安い言葉はサボのお気に召すものじゃなかったようだ。再び「毎回毎回……」とぼやきながらそそくさと身体を離し、すぐにボタンを上まで留め始める。

「痕付けるなって言ってんのに全然聞きやしねェ」
「『付けるな』とは言われたが了解した覚えはねェし……それより、サボも付けろよ、おれに」
「は?」
「ほら。この辺とかに、ジュッと」

 肩に回した腕で、真横に座ったサボを更に引き寄せる。そのまま「ほら」ともう一度己の首筋を示してやると、腕の中の身体がカッと熱くなった。

「えっ? 今?」
「隠しておいてやるから」
「そういう問題じゃ……」

 残った片手でメニュー表を机の上に立ててやる。これであっち側からは見えないだろう。横から見える客は──居るっちゃ居るが、そこは気にすんなってことで。

「サボは全然おれにキスマーク付けたがらねェけど、たまには良いだろ?」
「付けたくないとかじゃなくて、お前に付けたら隠しようがないから、」
「隠す気ないから良いっつってんじゃん」
「でも、それにしたって、『今』じゃねェだろ?!」
「付けてみりゃおれの気も分かるって。すっげェ気分良いから。ほら、やってみろよ。今ったら今だ」

 強引に迫るおれに対し、肩を抱かれたサボは逃げ場など当然ない。
 早くしろ、バレちまうぞ。そう言ってあからさまに煽ってやると、ノセられたのか、観念したのか、サボは困った表情を浮かべながらも、おれの首筋におずおずと顔をうずめてきた。
 顔に触れるサボの柔らかな髪の毛がくすぐったい。肌に触れた唇の感触は、直前に飲んでいた水のせいか、少し冷たかった。辿々しく吸い付いてくる様子はまるでミルクを求める子猫か何かみたいで、同い年の男なのに不思議なもんだなと変に感心してしまう。
 色っぽいというよりも愛らしいその様子を眺めている内に、サボはもう充分だとばかりにおれの身体を押しやって顔をそむけてしまう。見えはしないが、きっと小さな小さなキスマークを一つ付けただけだ。もっとしっかりやったって構わねェのに。

「どうした? 気分良いだろ?」

 ほとんど俯く勢いのサボに声をかけてやれば、潤んだ瞳がちらりとおれを見つめてくる。それ、睨んでいるつもりなら大失敗だぞ。他の奴にやるなよ。

「気分、っつーか……こんな、『おれのエース』みたいな印が堂々と付いてると、いけないことしてるみたいで……」

 恥ずかしくて見てらんねェよ、と赤い顔したサボはメニュー表で顔を隠してしまう。
 おれはその固い表紙を見るともなく視界に収めつつ、思わず真顔になってしまった。これは──前言撤回だ。宿出る時には『甘いものはたらふく食った』なんて言っちまったが、皿の底まで舐め尽くしたくらいなのに、まだまだ全然食い足りねェ気分になっちまった。
 あんだけヤッてんのに、まだそんな風に恥じらうサボのギャップがたまらな過ぎて、もっともっと見てみたくなる。シャツで隠せないところにまでキスマーク付けてやりたいし、サボにも付けさせて「ほら、『お前のエース』だぞ、ちゃんと見ろ」って言ってやりたい。お前がおれのものなように、おれもまたサボのものだから。
 先ほどからその辺を無意味に往復している店員が「イチャついてないでさっさと注文しろ」と視線だけで延々と訴えているのには気付いちゃいるが──まあ、なんだ、もう少しだけ待ってろ。どうせ長居は出来そうもない。

          【完】




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