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▼ 花に名前を、君に愛の言葉を


 黙々と荷物をまとめつつも、サボはまるで周囲に花でも飛ばしているかのごとく浮かれていた。
 それもそのはず、今回のエースとの逢瀬は久々の泊まりがけなのだ。遠方から片道二日かけて逢いに行っても数十分だけしか顔を合わせられない時さえあったことを思えば、喜びもひとしおだ。
 たまたま革命軍の任務が当初の想定より早く終わったからなのだが、降って湧いたボーナスタイムにサボは頬の緩みを抑えきれない。前々回の任務地で買い求めた、エースに似合いそうなブレスレットも忘れずにバッグに仕舞いこんで、後はもう出かけるだけ──となったところで、急に船室の扉が大きく開かれた。

「サボ君!!」

 ノックも無しに飛び込んできたのはコアラだった。任務の事後処理を引き継ぐために船上で合流したばかりだが、声の様子からして任務の話ではなさそうだ。

「どうした?」
「今朝の『世界植物学新聞』、通称グリーン・グリーン・グリーン・ペーパー読んだ?!」
「知らねェよ、そんなマイナーな新聞!」

 正式名称より長い通称を言われたところでサボには全くピンと来ないが、コアラはハナハナの実の能力者であるロビンと特に懇意にしていたため、ロビンが革命軍を去った後も毎日のように紙面をチェックしているらしい。

「ここにね、新種の花の記事が載ってたの! 凄いんだよ! 見て、白黒だから写真じゃ分からないけど青く輝くような花で、しかも名前が『サボ』なんだって!」

 コアラは興奮した様子でサボの鼻先に新聞を突きつけてくる。多少面食らいながらも一応記事に目を遣ると、確かに変わった形の花の写真が載っており、そこに『サボ』の字も確認出来た。

「へえ……すげェ偶然だな」

 自分と同じ名前の新種の花となると確かに面白くはあるが、かといってそれ以上の感想もない。軽く頷いただけでさっさと部屋を出ようとするサボに、コアラは不満そうに詰め寄ってきた。

「いやいや、偶然にしては出来すぎだと思わない? 何かの意図を感じるっていうか。それほど多い名前でもないでしょ?」
「そうか? サボテンだってサボが付くし、ありがちなんじゃねェの」
「サボテンって……もう! 折角教えてあげたのに、ロマンの欠片もないんだから!」
「そういえば報告書途中なんだ。事後処理終わったらコアラが書き足して提出しておいてくれ」
「話の流れに全然関係ないし、今それ言う!?」
「ほんじゃ、二日後に例の港へ集合で」
「ほらもう、そうやって自分の用件ばっかり!」

 この要件人間、とお決まりの台詞が室内に響いたが、散々言われ慣れているサボは、既に心ここにあらずとばかりに颯爽とコートの裾を翻すのであった。

   ■

 今回の滞在期間が長いとはいえ、会うこと自体が久しぶりとなれば、当然抱きつかんばかりに再会を喜びたいところだ。
 しかし、桟橋で待っていたエースの手に握られている『物』が気になって、サボは再会の挨拶も後回しに『それ』を指さしてしまう。

「エース、『その花』って、もしかして新種の、おれと同じ名前の……?」
「えっ! なんだ。もう知ってんのか? 驚かせようと思ったのによ」

 ちぇっ、と残念そうに唇を尖らせたエースの左手には、先刻グリーン何とかペーパーの紙面で見たのと同じ形の花が握られていた。宝石もかくやというような青い煌きを放つ花びらは、写真で見たのよりずっと物珍しい印象だ。確かにこれなら新種に相違ないだろう。

「なんでお前が『それ』持ってんだ?」
「サボに贈ろうと思って。すっげェ珍しい花らしいぜ。たまたま立ち寄った島の山頂で見つけたんだが、麓の町まで持って帰ったら大騒ぎになっちまってよ」
「なっ、お前が見つけたのか!?」
「おう。海賊が見つけたってなると面倒だから麓の町の学者が見つけたことになったみてェだけど。でも、名前は好きにつけて良いって言われたから『サボ』にした」

 何故おれの名前に、と目を瞠りつつもサボは先程のコアラへの態度を密かに反省した。コアラの言う通り、名前の一致は単なる偶然などではなかったのだ。

「綺麗な花だろ? 本当は独り占めしたいくらいだったけど、世界的発見だから勘弁してくれって土下座されちまって。そこまで言われて無下には出来ねェし、それじゃあっつって一輪だけ貰って来たんだ。受け取ってくれよ」

 学者が土下座するほど珍しい花を、エースは惜しげもなくサボへと渡してくる。
 指先から指先へ、小さな約束のように渡された一輪の花は、花弁の柔らかさにも関わらず不思議と硬質な輝きを見せる。花にそれほど興味のなかったサボも、思わず「綺麗だな……」と感嘆の息を漏らした。
 しばし眺めていると、エースがまるで内緒話でもするかのように顔を近づけてくる。

「──なあ、サボ。花言葉って知ってるか?」
「花言葉? ああ……それぞれの花に意味を持たせてあるやつだよな。色や本数でも変わるとか」
「そうそれ、そういうやつ。おれはよく知らなかったんだけどよ。この『サボ』の花言葉、好きに決めて良いって言われたんだ」
「へえ! そりゃすげェな」

 あまりサボも詳しい分野ではないが、こういった事柄はどこかの団体がまとめて決めているのだと漠然と思っていた。今回はお尋ね者であるエースの名前が発見者として残らないからこそ、融通がきくところは好きに決めさせてくれたのかもしれない……とはいえ、『サボ』の名自体もお尋ね者の名前そのままなのだが。

「それで、何ていう花言葉にしたんだ?」

 何の気無しに問いかけると、エースは待ってましたとばかりに唇の端を持ち上げ、真っ直ぐサボを見つめながら口を開いた。


「──『魂の還るところ』」


 おれの、魂の、還るところ。
 もう一度、今度は一つ一つ区切るようにはっきり発音してから、エースは指先でトンっとサボの左胸に触れる。
 やや遅れてその言葉の意味を悟ると同時に、サボの心臓はあからさまに跳ね、一気に顔へ熱が集まった。
 どれだけ遠く離れていても己の魂は此処にあるのだと──それは以前から語られて来たことではあるが、まさか、それを花言葉にまでするとは。

「エース、お前って……時々すげェキザなことするよな……」

 思えば花に恋人の名を冠している時点で相当なロマンチストだ。エースがわざとそうしたのだと思えば、今朝の新聞に載っていたあの記事自体も壮大な惚気である。
 遅効性のような気恥ずかしさに襲われるサボに対し、エースは何を今更とばかりに肩をすくめてみせた。

「おれは海賊だぞ? ロマンがなけりゃ未開の海を航海なんざしてられねェよ。それに、何かの事典にゃ花の名と一緒に花言葉も載るんだってよ。おれの愛を全世界に知らしめてやった気分だ」

 気持ちいいもんだなァと声を弾ませたエースは、少年のように笑いながらサボの肩を抱いて歩き出す。
 恋人の大掛かりすぎる愛情表現にサボは「おれは少し照れくさいよ」と呟いて俯く。顔の火照りはどうにも収まりそうにない。

         【完】




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