Novels📝



▼ Lovely Bunny, Tricky Honey!!(てのひらエーサボvol.2)



 リビングの扉を開けるなり、背負っていたリュックを床に投げつつエースは叫んだ。

「サボ! 良いニュースと、もっと良いニュース、どっちから聞きてェ?」

 ソファに座って分厚い本を読んでいたサボは、唐突なエースの言葉に驚くこともなく、ただ顔を上げて「おかえり、早かったな」と笑いかけてくる。

「おう、ただいま。なあ、それで、どっちから聞きたいんだよ」
「随分嬉しそうじゃねェか。それじゃ……良いニュースから頼もうか」

 そう言ってサボは一瞬だけ紙面に目を戻す。
 栞を使わない主義らしく、いつもこうやってページ数を記憶してから中断するのだ。
 案の定、いかにも賢そうな音と共にハードカバーの本は閉じられ、サボは話を聞く体勢を取った。

「実はな、トラ男……トラファルガー・ローって居るだろ?」
「ああ、ルフィの友達の……」
「さっき会ったんだけど、再来週のハロウィン、あいつの実家でパーティーするんだってよ! スゲェお屋敷らしくて、ご馳走も盛り沢山だっつー話だ。何でもナミがトラ男の妹を懐柔してゴリ押したらしい。『ルフィの兄貴なんだし、どうせお前らも来るんだろ』って誘われたから『当たり前だ』って答えといたぜ」
「え? でもお前、今年はどこにも、」
「で、もっと良いニュースってのが、なんと、仮装用の衣装も貸してくれるんだと! これで去年みたく、こめかみにネジを接着剤でくっつけたりしなくて済むな!」

 去年はルフィも一緒に住んでいたので、三人揃ってマキノの店へ繰り出したのだが、衣装を揃える時間も金もなかったために相当無茶な仮装をしてしまったのだ。

「アレはアレで面白かったけどな……ってサボ? どうした?」

 一緒に声を上げて喜んでくれると思ったのに、サボは大きく瞬きをするくらいで他に何のリアクションもない。宴の類に目がないのはサボも同じはずなのだが。

「いや……そりゃスゲェな。楽しみだ──っと、悪ィ、バイト先からだ」

 訝しむエースに言い訳めいた言葉を残してから、丁度かかって来た電話のせいでサボは廊下へと出てしまう。一人残されたエースはその姿を見送りつつ唇を尖らせた。

「……あんま乗り気じゃねェって感じだな」

 珍しい、と半ば心配しつつふと視線をやると、リビングの隅に白い紙袋が置いてあることに気付いた。
 近づいて見ると中には段ボール箱が縦に入っており、好奇心のままに取り出した横長のそれには、エースにも馴染み深いネットショップのロゴが鎮座している。
 今は二人暮らしなのだから、これはきっとサボの買った物に相違ない。
 勝手に見て良いものかと一瞬悩んだエースだが、結局、暴く指は止められなかった。

 箱の中、ビニール袋に一つずつ律儀に入れられていたのは、薄っぺらい生地の服と小物の数々だった。
 首輪のような付け襟に、腕輪のごときカフス、それから真っ赤な蝶ネクタイ。
 フォーマルそうに見えて丈の短すぎるベストに、ふわふわの尻尾つきの黒いショートパンツ、編みタイツに加え──うさぎの耳付きカチューシャ。
 全てをまるでパズルのように床に並べて、エースは眉を顰める。こんなの、疑いようもない。

「うわっエース、なに開けてんだよ! 袋から出しちまったら返品出来ねェのに!」

 戻ってきたサボが慌てて駆け寄ってくるが、エースはじろりと横目で鼻を鳴らす。

「サボ、『衣装』用意してたんならそう言えよ。水臭ェな──っつーか、ハロウィンだからって『コレ』はハシャギすぎじゃね? 流石に露出多すぎんだろ。こんなんで人前に出て良いと思ってんのかよ……バニーガールなんて」

 ──そう、バニーガールである。
 ハイレグのボディースーツでこそないが、どこをどう見たってバニーガールだった。
 確かにサボにはよく似合うだろう──だが、それを他の奴にも見せるつもりとなれば話は別だ。「おれに相談もせず」と唸らんばかりのエースの剣幕に、珍しくたじろぐようにしてサボが口を開く。

「っと、いや、確かにハロウィンの衣装だけど、それは家ん中で着る用で……」
「家ん中?」
「あー……ハロウィンの夜なら『折角だし』みてェなノリになるかと思って、深夜テンションで買っちまったんだよ。そんときはどっか行くって話もなかったし」

 それだけ口にしてからそっぽを向くサボの顔を見て、エースは自分がとんでもない過ちを犯したことに気がついた。
 貴重な『折角だし』が急激に遠のいていくのを感じて、慌ててエースは制するように両手を突き出す。

「ままま待て、分かった急に分かった全部分かった、トラ男のパーティーは断ろう!」
「いや、いいさ、行こうぜ? おれも冷静になるとナニを期待してんだって感じだし」
「だって、お前……これ着ておれにご奉仕してくれるつもりだったんだろ?」

 そんな絶好のシチュエーションを逃せるものか、とエースは微笑みながらそっとサボの手を取る。
 しかし、対するサボは「おれ?」と不思議そうに首を傾けた。

「──まさか。おれは着ねェよ。それはエースのために買ったんだ」
「……は? えっ、何、お前、バニーガール姿のおれに抱かれてェっての!?」

 バニーガールじゃなくてバニーボーイな、と妙なところを冷静に訂正しつつも、サボは先の言葉を否定はしない。
 思いがけない恋人の要求に「なんだよどういう趣味だよお前が着ろよ!」と叫んでしまってから、しかしエースは「でもサボのこういうトリッキーなところも好きなんだよな」と心の中で密かに白旗を上げるのであった。

【完】


- ナノ -