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▼ からっぽの部屋


 白土で出来た本拠地の出入り口で、コアラは少しばかり眉を上げながら振り向いた。
 『島』へ行くなら一つ頼まれてくれるか、と珍しくサボが言い出したからだ。

「勿論良いけど、何か足りない物があった?」

 『島』というのは、この場合はバルティゴの本拠地近隣の島々を意味する。
 そこへと渡る主な理由は買い出しだ。
 この辺りは交易が盛んな海域ではないが、日用雑貨を含め最低限必要な物資は軒先に並んでいる。不定期とはいえ、少し変わった代物や巷で流行している品々が入ることもあるので─時間があればだが─コアラは他の者と連れ立って所謂『ショッピング』へと出かけるようにしていた。
 とはいえ、サボがそこで何かを欲しがるなんてコアラは今まで聞いたこともない。そもそもサボは買い出しにすら出掛けないのだ。日用品は革命軍内で支給される物品で賄っているようだし、嗜好品の注文だって一つも無かった。
 だから、そんなサボからの『頼み事』となると、何か係の者に不手際でもあったのかと訝しんだのだ。

「いや、不足はねェよ。でも『何か』買って来てほしいんだ、部屋に置けそうなやつ」
「『何か』って何?」
「何でも良い」
「どういうこと?」
「頼んだ」
「待って待って!」

 革命軍の中では『要件人間』とすら呼ばれているサボは、己の話が終わったとなるとすぐに踵を返そうとする。その背を後ろから必死で掴みながらコアラは「全然分かんないよ!」と叫んだ。
 サボが要件しか言わないのは、一から十まで全部説明しなければならない相手ではないという信頼の証でもあるようだったが、流石のコアラもコレについてはお手上げだ。何でも良いから買って来いなんて無茶すぎる。

「えっと、新しい部屋に置きたい物があるって話だよね?」

 コアラは首だけ振り返っているサボをじっと見上げる。出会った頃は殆ど変わらなかった身長も、今では随分と差がつけられていた。
 戦争孤児や革命軍の新しい同志が加入したこともあり、すくすくと成長したサボは最近になって大部屋から個室へと居室を移動していた。
 表向きは『大部屋の三段ベッドではもう狭いから』という理由であったが、将来サボが革命軍を背負って立つ幹部になるから、という期待もあってのことだ。サボ本人は「別に大部屋で良いのに」と文句を言っていたが。
 サボは漸く体ごと向き直ってから「ああ」と小さく首肯して続けた。

「──実はこの前、ドラゴンさんがおれの新しい部屋に来たんだけど、その時に『随分と殺風景だな。何か置いたらどうだ』って言われたんだ」
「ああ、うん、確かに。サボ君、荷物極端に少ないもんね」

 少ないというよりも殆ど無いに等しい。精々、愛用の鉄パイプと普段着ている服程度だ。

「だから、何か置かなくちゃいけねェと思ってよ。コアラ、適当に選んで来てくれ。何でも良い」

 興味なさそうな顔で肩を竦めてみせるサボに、コアラは一瞬頭痛を覚えた。この聡明な年下の少年は、頭が良いくせに変なところで抜けているのだ。

「……あのね、サボ君。ドラゴンさん、そういう意味で言ったんじゃないと思うよ? サボ君の部屋なんだから、サボ君が好きな物とか置いたらどうなのって話じゃないのかな?」

 私が選んだ物を置いても意味ないよ、と呆れ声を出すコアラに、サボはやや困ったように首を傾げた。

「そんなこと言われたって、好きな物なんかねェよ……っつーか『覚えてねェ』」
「覚えてなくても何かあるでしょ! 好きな物とか、気になる物とか、趣味とか、何か……戦う以外にもさ」

 コアラは僅かに声のトーンを落とす。
 がらんとしたサボの部屋はとても片付いているが、それは日々の暮らしに対する執着の希薄さゆえのようにコアラには思えた。きっと総司令も同じように思ったのだろう。
 作戦時には─独断専行は多いものの─あんなにも頼もしいのに、そうでない時のサボは目を離すとすうっと消えてしまいそうですらある。
 自分より長く革命軍に属しているにも関わらず、部屋に飾りたい物の一つもないのはなんだか寂しい。それがサボの記憶喪失に由来しているとしても、だ。
 コアラはなおも反論しようとしてきたサボの声を遮るようにして、大きく頷きながら告げた。

「──分かった。一緒に行こ」
「え、」
「『え、』じゃなくて、今から買い出し! 決定! サボ君、荷物持ちもしてくれるでしょ?」

 強引にサボの腕を引っ張って歩き出す。
 後ろから「お前に荷物持ちなんか必要ねェだろ」などと可愛くないセリフが聞こえてきたが、なんだかんだで手伝ってくれるというのもコアラにはお見通しだった。

  ■

「──で、サボは『盃』を買ったっていうのか?」

 『島』から戻ったコアラにハックが不思議そうに問いかけてくる。
 サボ当人は先に部屋へと戻っていた──件の『盃』を大事に抱えて。

「そう。なんか、一番ピンと来たんだって。朱塗りの小さな器でね、確かに綺麗だったよ。三個セットだったの」

 あれこれと見て回っていても「何でも良い」と適当に決めようとしていたサボだったが、雑貨屋の隅で埃を被っていた『盃』を見た瞬間、「これが良い」と即決したのだ。
 磨き布まで買って、帰りの船で自ら手入れまでしていたのだから、余程気に入ったのだろう。

「ふむ。しかし、サボは酒飲まないだろうに」
「そうだよね」

 でも、まあ良いんじゃないかな、とコアラは続ける。
 サボが『革命軍として』でなく『サボ自身として』何かを欲しがったのは初めてなのだから。
 ──いつか、これが当たり前になって、あの空っぽな部屋がサボの好きな物で溢れかえってしまえば良い。
 そんな想像をしながら、コアラは静かに目を伏せて微笑んだ。


【完】

※このときに買った盃がエースくんのお墓に置いたやつだったら切ないな
※そして次にサボ自身として欲しがるのメラメラの実だからね切ないな


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