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▼ エースと百人の弟たち


 革命軍内部のファンクラブ、もとい『勉強会』において最大規模といえば、東軍のベロ・ベティ軍隊長のものに相違無い。特に女性陣(心が女性の者も含む)はその殆どがベティ軍隊長の『勉強会』に属しているのではないかと思えるほどだ。
 しかし、我々が秘密裏に開催している『参謀総長作戦勉強会』だって、登録簿に刻まれた名も百を超え、ますますその活動は勢いを増している。
 ベティ軍隊長と違うのはー私も含めー構成員が男性陣であるという点だろうか。その差がどうして生じているのかはわからないが、同性ゆえに憧れ、見本としたいと願うからこそかもしれない。
 少なくとも我々はそういう思いでもって構成員同士で情報交換を行ったり、『参謀総長言行録』の編纂に勤しんだりしている。本人には内緒ではあるが。
 我らが参謀総長は、若くしてその地位に立つほどの切れ者であり、作戦立案や指揮統率を行うのみならず、自ら前線に立って戦う勇猛果敢な戦士でもある。
 それでいて、その、つまり、なんと言うべきか──言葉の選び方に困るが、非常に『自由』な、言ってしまえば破天荒な人柄でもあり、本部の面々を中心に参謀総長には相当振り回されてもいる。自分が立てた綿密な作戦があるにもかかわらず、『現場の判断』と言い切って一人で敵陣の真っ只中に飛び込んでいったなんてことも少なくない。
 だからといってワンマンで人の話を聞かないばかりか、というと、そういうわけでもない。
 実際のところはこちらが驚くほど優しく気さくな人柄でもあり、一介の部下ひとりひとりにも気を配り、励まし、共に戦おうと肩を抱いてくれる。だからファンになる者が後を絶たないのも当然というわけだ。
 ちなみにこれは自慢ではないが、私は会員番号二十番以内の古株である。
 いや、自慢じゃないぞ。全然。順番なんざどうでもよいに決まっている。でも十番台だ。そこのところはよろしく頼む。



エースと百人の弟たち



 というわけで、全くもって自慢ではないのだが、なんだかんだで参謀総長の近くで話を聞く機会も多い。
 今夜もまた他の会員たち(彼らも会員番号二十五番以内の古株である)と前回の戦地の事後処理に関して話し合っていたところ、偶然通りかかった参謀総長にお声がけいただき、そのままひとつ酒でもという具合になった。
 アルコールが入ったとはいえ、それは舌の滑りを良くする程度のもの。
 内容については至極真面目なもので、参謀総長が気取らない言葉で発する的確にして斬新な指摘の数々に、我々はひたすら頷き、時に質問をはさみながら革命の夜を味わっていた。
 しかし、夜も更け、議論が白熱するにつれ、反比例するかのように参謀総長の口数が減っていく。
 そして遂にはうつむいて、こちらと目も合わせようとしなくなってしまった。
 我々は何か拙いことでも言ったかと顔を青くしながら目を見合わせるばかりだが、その沈黙のせいか、不意に参謀総長が伏せていた顔を上げた。

 そこにあったのは、目つきだけで人を殺せるような鋭い眼光と、なぜかにやりと微笑んだ唇。

 正直に言おう、ものすごく怖かった。めちゃくちゃ怖かった。隣の奴なんか辞世の句を考え始めた。
 というのも我らが参謀総長は普段は──その重い肩書や強大な力からは想像出来ないかもしれないが──ともすれば「甘い顔つき」と言って良いほどの好青年なのである。
 『不名誉な傷』と自らが称する火傷の痕は大きく残りはするものの、革命軍でも珍しい柔らかな金色の髪や海のように青く澄んだ大きな瞳、品良く通った鼻梁に淡く結ばれた唇など、世間的に見て美形と言って差し支えない容貌をしている。
 無論、そんなことをまかり間違って本人の前で口にでもしてしまえば、問答無用で鉄パイプで殴られるだろう。それはそうだ、革命軍に見た目の美醜など関わりないし、たとえ参謀総長が二目と見られぬ醜男でも全く構わないのだから。
 とはいえ純粋に、『美形がこちらを睨みつけながら口元だけで笑っている』という構図は根本的に怖すぎる。しかも理由が分からないとなれば尚更だ。
 勝手に身体はぶるぶると震えるし、隣の奴は完成したらしい辞世の句をメモに残し始めた。蛇に睨まれたなんとやらでもここまで大袈裟ではあるまいと思うが、それほどに参謀総長の急な変化は恐ろしかった。

「あ、あの、参謀総長……?」

 どうか致しましたかと勇気ある者が恐る恐る声を上げたが、返事はなく、ただにやりと笑みを深くするばかり。黙っているのに目はそらしてくれないし、もう、どうしたらいいと言うんだ?!
 そんな一生分かと思うほどのストレスに滝のような汗を流す我々の元へ、救いの手は場違いなほど明るい声と共にもたらされた。

「──おっ、サボ! こんなところに居たのか、探したぜ」

 我が物顔で部屋に入り込んで来たのは、革命軍の戦士──ではなく、かの大海賊白ひげの元で二番隊隊長をやっている火拳のエースだった。
 何故そんな人物が革命軍のアジトに堂々と入り込んでいるのかというと、なんと妙に明るいこの男は参謀総長の幼馴染にして義兄弟、そして恋人でもあるのだという。
 その辺りは触れたいようで敢えて触れたくないファン心なので、我々勉強会としても火拳に対してどういう態度を取って良いものかは考えあぐねていたのだが、この時ばかりは救世主に思えた。

「ん? どうしたサボ、珍しく酔ってんじゃねェか!」
「酔っ、!?」

 気安い様子で参謀総長の肩へと手を回しながら火拳はわずかばかり驚いたような声を上げたが、我々はその数十倍は驚いていた。誰が酔っているだって?!
 我々のざわめきに構わず、参謀総長はゆっくりと振り仰ぐようにしてその凶相を(流石に今は凶相としか言いようがない!)火拳へと向ける。
 我々は他人事ながらごくりとつばを飲み込んでしまったが、当の火拳は愛しそうに目を細めると「ったく仕方ねェなあ」と参謀総長の頭を撫でた。

「サボは酔うと眠くなっちまうんだよなァ。ったく眠くなったら速攻寝りゃ良いのによ。酒飲みながらだったんだから緊急の用ってわけでもねェんだろ? そうだよなお前ら?」
「あ、は、はい!!」
「聞こえてるか? サボ。もう寝ちまえよ。無理に目ェ開けて笑ってごまかそうとしても無駄だぞ?」

 そう言って火拳はなんてことないように参謀総長に笑いかけてみせるが、我々はその言葉を理解するのに優に十数秒を要した。


 つまり、あの睨み殺すような視線は眠さに耐えていたからで、あの不敵な笑みはごまかし笑いのつもりだったとでもいうのか?!


 お互いに顔を見合わせながら「分かるか?」「分かんねえ」と目だけで会話をする我々をよそに、火拳は「よっ」と小さく声を上げながら参謀総長を背負い始める。
 見れば、参謀総長はもうすっかり目を閉じていて、そこにはいっそ幼さすら感じられるような柔らかな寝顔があるばかりだった。

「悪ィなお前ら、サボはおれが運んどくからこの辺の片付け頼むわ。話があるならまた明日にしてやってくれ」

 じゃあな、と我々の返事を聞くこともなく、参謀総長をおぶった海賊は堂々と部屋を後にする。
 その姿を呆然と見送った我々だったが、不思議なことに、胸には今までとは別の憧れが芽生えていた。





「参謀総長! 今日は火拳のエースさんの元にお出かけになりますよね!?」
「ああ、ちょっと寄るだけで朝には帰るけど……なんだよ、『また』か?」

 憧れの参謀総長に肩をすくめながら呆れたような声を上げられようと、我々の情熱は止められない。
 このときのために書き連ねておいた分厚い手紙の束を我先にと参謀総長に差し出す。

「この手紙、お願いします!」
「おれもおれも!」
「火拳の兄貴によろしく伝えてください!」
「そりゃ手紙渡すくらい構わねェけどよ……エースは『おれの弟はルフィだけだ!!』って言ってたぞ?」
「いいんです、我ら百人、勝手に自称しているだけなんで!!」

 そう、『参謀総長作戦勉強会』の面々はそのまま『火拳の兄貴ファンクラブ』を兼任することとなったのだ。勿論、参謀総長を慕い、参謀総長に憧れ、参謀総長と共に戦いたいという気持ちに一点の曇りもないが、そんな参謀総長と肩を並べる火拳のエースに対する尊敬の念もまた止むことを知らない。
 いつだか誰かが「いいな、あんな兄貴の弟になりたい……」と零したことがきっかけとなり、今では皆が「おれも弟になりたい!」「羨ましい!」とあからさまに声を上げるようになった。

「全く、本当にお前らってエースのこと好きだよな……それって──いや、うん。エースが愛されるのはおれも嬉しいけど」

 あまりの我々の熱意に、少しばかり心配するかのように参謀総長が言葉を濁す。
 我らが参謀総長にこんなにいじらしい顔をさせられるのも火拳のエースだけだと思えば、なおのこと敬愛の念は募るばかりだ

「大丈夫です、100パーセントリスペクトの気持ちでやらせていただいてます!!」

 どこかで聞いたことのあるような返事をしながら、恋愛感情の類は一切ないのだと宣言する。
 そうだとも、参謀総長が心配することなんて何もない。
 我々は、尊敬すべき二人の男たちが共に創り出していくであろう新しい世界のために、今日もまた粉骨砕身頑張っていこうと決意を新たにするばかりなのだから。





おまけ

「ほら、手紙。『火拳の兄貴へ』だってよ。こんなに沢山」
「またかよ、おれの弟はルフィだけだぞ? ったく革命軍ってのは結構ヒマにしてんだな」
「そういうわけでもねェけど。なんか最近うちのやつら、エースのこと滅茶苦茶好きなんだよなァ……」
「そうか、そりゃあ良かった。虫除けしに通った甲斐があるぜ」
「虫除け? 何の話だ?」
「いや、なんでもねェ」

おわり





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