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▼ ドラゴンさんに始末書出せと言われてハックやコアラからも小言ばかりだったのになんでお前までおれを叱るんだよ、エース!


「『──私、サボは、●●国における潜入作戦中、参謀総長として、また、作戦立案を行った張本人としてあるまじき独断専行のせいで、●●軍の特殊閃光弾による』……って、おれが作戦立てておれがその場の判断で変更しておれ一人が被害を受けただけなのに、何が悪いんだ?」
「あっ、急に普通に話さないでよ! 間違えちゃったじゃない!」

 コアラは慌てて羽根ペンを止めるが、サボの言葉をそのまま書き写していただけに、後半の要らないボヤキまでをもしっかりと記してしまっていた。
 『おれ一人が被害を受けただけなのに』という辺りまで書いてしまったとなれば、これはもう下手に修正するより最初から書き直した方が早いだろう。こんな文言を目にしたら、ただでさえ渋い顔をしていた総司令官が更に眉間の皺を深くしてしまうのは必至だ。

「キミのためにわざわざ始末書の口述筆記なんてしてるんだから、書くべき内容だけ喋ってよね!」

 紙を二つに裂きながら鼻を鳴らすコアラの前で、サボはソファに長々と横になり、仰向けの顔に帽子を載せている。まるで悠々と昼寝を決め込んでいるかのような姿だが、そうではない。

「──それか、視力が戻ってから自分で書いたら?」

 そう言って唇を尖らせるコアラの表情とて、今のサボの目には見えないことだろう。
 先の任務中に受けた閃光弾のせいで、サボの両目は一時的とはいえダメージを受けており、眩しくて目が開けていられないのだ。
 それならば大人しく包帯でも眼帯でもしておけば良いのに「そんなの怪我人みてェでイヤだ」と─事実、怪我人そのもののくせに─断って、ただ目を閉じて帽子で光を遮るに留めている。
 時に子どものように意固地になる参謀総長を前に、衛生班が一体どれほど苦労したかはコアラも想像に難くない。
 はあ、と疲労感を滲ませた溜息をこぼすと、それを『自分で書け』という意味と受け取ったのか、サボはそのままの姿勢で「だって仕方ねェだろ」と拗ねたように声を上げた。

「ドラゴンさん、明日には西軍の任務地に向かっちまうって言うんだから」
「それはそうだけど……別にドラゴンさんも今すぐ提出しろとは言ってないじゃない」
「待たせたくねェんだ。始末書出せって言われたの久々だから」

 なるほどね、とコアラは密かに片眉を上げる。
 どうやらこの若き参謀総長は、尊敬する総司令官から大目玉を喰らった挙句「己をよく省みて始末書を出すように」とまで言われたのが相当堪えているらしい。
 自分は悪くない、始末書なんて書きたくない、と散々文句は言っていたが、それはそれとして、ドラゴンの期待を裏切ってしまったことについては本気で反省しているのだろう。
 そうだとすれば──相当ズレている。

「あのねェ……」

 コアラはカンカンとペン先で机を叩く。

「サボ君が怒られているのは、作戦ミスだって言われてるわけでもなければ、急な作戦変更のせいでもないよ。分かってる? まるで自分一人が犠牲になれば良いみたいな動き方しておいて正当化、」
「『犠牲』なんて大げさだな、コアラは。いや、ハックもか。帰還するまでの間、ずーっと小言を言われて本当に大変だった」
「大変なのはハックの方だよ!?」

 別行動をしていたコアラと違い、サボとツーマンセルを組んでいたハックは気が気じゃなかったに違いない。
 人質の身に危険が迫っていたのは事実で、それを防ごうとして咄嗟の行動に出たことだって仕方がなかったのだと想像はつく。しかしながら、一歩間違えればサボが失明の危機だったのもまた事実なのだ。
 それなのに数時間に渡る小言『のみ』で済ませたハックは、むしろ優しすぎるくらいだ。コアラだったら早々に手が出てしまっていたかもしれない。

「いいじゃねェか、人質は無傷だったんだし。おれの判断が遅れて、あんなサバイバルナイフなんかで顔に傷でもつけられでもしてみろよ。あの人質、鏡見る度に思い出す羽目になってたぞ?」

 可哀想だろ、とサボはソファに寝そべったまま淡々とした口調で答える。まさに自身こそが顔に消えない傷を抱えているというのに、どこか他人事のようにそれを口にするのだから、サボのこの悪癖も根が深い。
 コアラは再び大きく息を吐いてから、頬杖をついてくるりと羽根ペンを回した。

「──ハックから報告を聞いただけではあるけれど、私だってサボ君のあの場の判断が間違っていたとは言わないよ。あんな無茶しなくてもとは思ったけど……それよりサボ君が今みたいに悪気なさそうな方がずっと問題。ドラゴンさんだって、サボ君の『そういうところ』を反省してほしくて始末書を──」
「『●●軍の特殊閃光弾を受けるという被害を生んだことを深くお詫びいたします』」
「え? 急に何?」

 いったい何を言い出したのかと、コアラは目を白黒させる。対するサボはというと、顔に載せた帽子の位置を少しだけ調整しながら「何って……」と心底不思議そうに答えた。

「始末書の続きに決まってんだろ。早く書かねェとドラゴンさん出て行っちまうから」
「……サボ君さ、私の話聞いてた? 大事な話をしていたんだけど?」
「過ぎたことをいつまで言っていても仕方ねェぞ」
「叱られている側のキミがそれ言う?! ホンットこの要件人間は……!」

 こういう反応をする時のサボは目的遂行にしか興味がなく、そして今の目的はドラゴンに早く始末書を提出することでしかない。
 始末書の提出なんてそんなに急がなくてもいい、みんなサボのことを心配しているだけなんだからよく考えて反省してほしい──というコアラの話など、情報としては頭に入っていても大して心に響いていないのだ。
 いよいよ拳を握りしめたコアラだったが、不意にサボの今後の予定を思い出し、その手を開いた。

「──そういえばサボ君、明後日にはエース君に会いに行くって言ってたよね?」
「ああ……予定通り帰還出来たしな。この目は気合いで治さなくちゃならねェけどよ」
「じゃあ、ちゃんとエース君にも叱られてきてね」
「なんでだよ」

 あからさまにムッとした声を上げてサボは一瞬身体を起こしかけたが、流石に本調子じゃないためか、再びソファに背中を沈めながら続ける。

「エースに叱られるようなことなんて何もしてない」
「そう思うなら、『コアラにこんなこと言われた』って今日の話を伝えてみなよ。きっとエース君、私の味方だから」
「エースはおれの味方に決まってる」

 鼻先で軽くいなすサボは本当にそう思い込んでいるらしく、だからこそ逆にコアラは可笑しくなってしまう。
 笑いをこらえきれないまま「はいはい。じゃあ試してみれば?」と煽ると、サボは顔に載せた帽子の位置を調整しながら呆れた様子で答えた。

「試すまでもねェよ」
 

   ■


「それはサボが悪いな」
「え」

 試すまでもない、と言いつつも、あれだけコアラに言われてはサボとて気にならないはずがない。
 翌日、約束の場所で落ち合ったエースに歩きながら事の顛末を話して聞かせたのだが、味方と信じ切っていたエースの第一声は予想に反して否定的だった。
 内心の動揺に合わせたかのように大きくずれたサングラスを、サボは慌ててしっかりと掛け直す。サボの両目は二日前よりは随分と快復していたが、未だに外の光は眩しく、サングラス無しではまともに歩けないでいた。

「え、じゃねェよ。なんで意外そうなんだよ」

 エースは眉を寄せ、不審そうに隣のサボを見る。

「だって、エースはおれの味方とばかり……」
「そりゃあ世界中が敵に回ったって、おれはお前の味方に決まってるが……っと、」

 そう言いながら、エースは回した腕でサボの肩を抱き寄せる。寸刻を待たず、サボの真横すれすれを荷馬車が通り過ぎた。サボとて気付いていなかったわけではないが、どうしたって今はエースの方が反応が早い。

「っつーか、逆にこっちがビビるわ」

 エースは荷馬車のことには触れずに言葉を続ける。

「珍しくでっけェサングラス掛けてるから何事かと思えば、サボが無茶して危うく失明するところだったって聞かされて? 仲間から散々叱られたって不満げに言われて? それでおれが優しく慰めるとでも思ったのかよ。恋人だってのを差し引いても有り得ねェだろうが」

 まるで「甘えるなよ」とでも言いたげな低い声音に、サボは一瞬気圧されてしまう。横目で見てくるエースの視線からは静かな怒りすら感じられた。
 味方だと信じていたエースにここまで言われるなんて。完全に誤算だったサボは、決まり悪そうに足元へと視線を落とす。

「……エースだって、ガキの頃はすぐに『ここは任せて先に行け』っつって、無茶してばっかの死にたがりだったくせに」
「あのなァ。少なくとも、おれは『これやったらサボがまたキレるだろうな』って分かっててやってたぞ」
「は?」

 平然と何を言い出すんだ、とサボは顔を上げて恋人を睨みつける。

「嘘だろお前、おれが何度言っても全ッ然悪びれてなかったじゃねェか!」

 グレイ・ターミナルの頃のエースと来たら、今以上に無茶と無謀ばかりの無鉄砲で、サボは幾度となくエースに「なんでそう死にたがりなんだ」と声を荒げていた覚えがある。
 その度に聞いているのかいないのか分からない様子で、のらりくらりと躱され続けていたから、てっきりエースにはサボの怒りが届いていないものとばかり思っていたのだが──まさか十二分に理解した上で繰り返していたとは。

「まあ、悪びれはしなかったけど、お前が本気で怒るだろうってのは承知の上だったぜ。最初なんてキレながら半泣きになってたし? あん時のサボ、衝撃的すぎて人生ひっくり返るくらい驚いたわ。今思い出すと可愛いもんだけどよ」
泣いてはなかっただろッ!」

 反射的に言い返したが、最初の頃となればサボもまだ貴族の家から出たばかりで、エースの無茶を受け入れるだけの余裕があったかは存分に怪しい。泣いた覚えこそないものの、うっかり瞳が潤んでいたことくらいはあるかもしれなかった。
 しかし、そうとなると──。

「でも、そんだけおれが嫌がってブチギレるって分かってたのに繰り返してたっていうなら……エースの方がタチ悪くねェか?」

 大人になったサボと当時のエースを比べるのもどうかとは思うが、しかし、周囲からの反発が想定外だったサボと違い、エースはサボから酷く叱られることも織り込み済みで無茶をしていたのだから、よりエースの方が確信的だ。
 こちらのことを言える立場にないだろう、とサボはやり返したつもりで居た──のだが。

「いーや。サボのが断ッ然タチ悪ィわ。最悪だ、最悪。おっと、ここ曲がるか」

 サボの肩を抱いたまま右に曲がるエースに、つられるがままにサボも右へと歩みを進める。そうした後で、こちらの道だと建物の影になることに気付いた。わざわざ言わないもののサボの目を慮ってのことだろう。
 こういう時のエースの、押し付けがましくないさりげなさは素直に格好良いが、今に限って言えば、容易に繰り返された「最悪」というセリフがそんなことで相殺されるわけもない。
 サボはムッと眉を寄せて「最悪ってなんだよ」と言い返すが、エースは「だってよ」と呆れ声と共に軽く息を吐いた。

「サボは、革命軍の仲間も、おれですらも、もしお前が失明したとしても『仕方ないよな』で済ますと思ってんだろ? 正直、喧嘩でも売られてんのかと思うぜ」

 売ってる自覚すらねェのが余計に癪に障るしなァ、とエースは空を仰いでみせる。

「でも実際仕方ねェだろ?」

 思わず、半ば食ってかかるように反論してしまう。語気が強くなっているのはサボも自覚していた。

「革命軍はお遊戯してるわけじゃない。一般市民が傷つくよりはずっと良いに決まってる。考え得る中で最小の被害で最大の結果が得られたのに、皆、何がそんなに不満なんだ」

 確かに危険な状況だった。一時的に視力を失ったせいで仲間にだって迷惑をかけた。今だってエースにも要らぬ不便を強いている。それについてはサボだって反省しないわけじゃない。
 それでも、サボは間違った判断をしたつもりはなかったのだ。現場でしか出来ない判断がある。関わったからには守り抜く責任がある。参謀総長としての決して譲れぬ矜持だってある。伊達や酔狂でこの地位にあるわけじゃないのだから。

「『最小の被害』ねェ……じゃあサボは、逆におれが『仲間を守るために一人で無茶やって失明しかけた』って言ったら、どうすんだよ」
「……おれとエースじゃ違うだろ。こっちは相手が一般市民なんだ」
「そこは問題じゃねェよ。おれだって、お遊びで海賊やってるわけじゃねェんだ。両目なんかより大切なものなんて幾らでもある」

 それは──そうなのだろう。
 エースがどれほどの覚悟を持って白ひげ海賊団二番隊隊長の座にあるのか、サボだってよく知っていた。革命軍の理想と海賊の野望の間に優劣を付けたいわけでもない。
 だから、サボがそうしたように、エースもまた『その時』が来たら『すべき判断』を下すのは理解出来た。たとえそれによってその目が二度とサボを映さなくなろうとも、黒々とした瞳の奥に燃える炎すら掻き消えようとも、そんなことはお構いなしに。
 お互い様なのは分かっている。でも──それでも。
 僅かにサボは俯く。借り物のサングラスはサイズが少し大きく、ずり下がってきたそれを中指で押し上げていると頭の上から揶揄するようなエースの声が降ってきた。

「……『嫌だ』って思っただろ? サボ」

 悔しいが、その通りだ。サボは静かに頷いた。
 分かっていても、それが事実でしかないとしても、いつか来る未来かもしれなくても、サボは嫌だ。エースが傷付くところなんて、想像さえしたくないに決まっている。
 自分がいかにワガママを言っているか、思い至れば恥ずかしさに顔も上げられない。

「な? 同じなんだって、おれも。いい加減分かれっての」

 エースはなおも少しからかうような口ぶりだったが、宥めるようにサボの肩をぽんぽんと叩いて続けた。

「間違ってるなんざ言ってねェし、全部が全部不満なわけでもねェ。ただ、『嫌だ』って思うくらいさせろって──心配して叱るくらいさせろって言われてんだ。それすら有り得ないみたいな態度取られたら、こっちの気持ちはどうなる」
「…………ごめん」

 驚くほど素直に唇から零れ落ちたのは、二日前から今に至るまで、一度も口にしなかった本心からの謝罪だった。
 絡まった糸をほぐすように丁寧に諭されて、今更ながらに、どうして皆があんなにも面と向かって怒ってきたのかが分かる。サボは、サボ自身のことをどうでもいいと突っぱねて、作戦の顛末ばかりに固執してしまっていた。ただ、サボの身を案ずる者が居ることを、認めて受け止めるだけで良かったのに。

「サボは優しいくせに、その優しさが全然自分自身に向かねェからな。たまに、おれはそれが怖ェよ」

 エースは困ったように顎をかいてから「まァ、」と声を少し高くした。

「互いに背負ってるもんも掲げてるもんもある以上、自分の命より優先してェこともあるのは違いねェが……サボのこの目はおれのお気に入りなんだ。出来るだけ大事にしてくれよ?」

 おどけた素振りのエースは、そう言ってサボの肩を引き寄せるとこめかみに軽いキスまで落としてくる。こいつキスする時に邪魔だし、とサングラスのつるまで噛んできたエースに「やめろよ、借り物だぞ」とサボは笑った。
 この先も、『その時』が来たらサボは『すべき判断』を躊躇してはいられないだろう。怖気付いて、後先考えて、それで動かずに後悔するよりは、たとえ何を失おうとどれほど傷付こうと、心の命じるままに動く方がずっとずっとマシだから。
 けれど確かに──だからといって忘れてしまいたくはない。最後の一歩を踏み出す前に思い浮かべたい絆が、今のサボには沢山あるから。
 それに、精々この目くらいは大事にしても良いのかもしれない。サボもまたエースの瞳を、あの奥に燃える炎を殊の外気に入っているから、それを真っ直ぐ見られなくなるのは、きっと、すごく寂しい。
 今はまだ色づいたガラス越しのままじっと見つめていると、視線に気付いたのか、エースが両肩を竦めて笑いかけてきた。

「なんだよ、黙っちまって。ようやく反省したのか?」
「そうだな……『してない』って答えた方がこの後盛り上がりそうか?」
「おっと。言うじゃねェか、サボ」

 じゃあもう宿に入っちまうか、とわざとらしい潜み声が耳元をくすぐる。断る理由など、どこにもなかった。

                   【完】

〜その後の宿〜

「……ッ、あっ……」
「えっ、サボ泣いてる?! んな泣き方……キツかったか?」
「違う、まだ目の調子悪ィみたいで……あークソ止まんねェ。気にしないで続けてくれ」
「いや気にするだろ。変な扉開いちまいそう」



※サボこんなに鈍感じゃないだろうと思うけどこういう世界線ということで……ちなみに作中の「最後の思い浮かべたい絆がある」という部分は原作エースが今際の際に「サボの件と」って言ったことへのリスペクトです
※エースはサラッとした素振りだけど正直幼少期の色々を思い出してはいます


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