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▼ がんばれ、北軍軍隊長!


 火拳のエースが革命軍本拠地バルティゴに奇襲を仕掛けて来たのは半年も前のことだった。
 定例となっている幹部総会の直後だったからよく覚えている。各軍の軍隊長とその側近たちが自らの持場へと三々五々散っていく中、たまたま最後まで残っていたのが北軍、すなわちおれの軍だった。

 総本部の同志たちと話し込んでいると、いきなりアジトの扉が大袈裟に、そして何の前触れもなく開かれた。

 瞬時にその場の全員が立ち上がり、招くはずもない客人へと視線を向ける。勿論、視線だけでなく各々の武器の切っ先を定めることも忘れない。
 カードのような長方形の扉枠、その外から射し込む逆光が、仁王立ちになった男のシルエットを明瞭に浮かび上がらせる。相手は、たったの一人。その堂々とした佇まいの──丁度トランプで言えばスペードのAといったところだろう──男はゆっくりと両腕を組み直した。
 奇襲にしては派手だが、急襲にしては無謀すぎる。
 一体こいつは何者だ、そして一体どうすべきなんだ。
生憎と総司令官と参謀総長、それから総本部付きの幹部達は建物の裏手に行ったきりだ。この場に残った面子を考えればおれが指揮をとるべきなのだが、誰何の言葉を口にしても音にはならない。しまった、秘密会議の途中だったから拡声器のスイッチを切っていたんだった。
 しかし、男はこちらから問うまでもなく、高らかに、しかし些か上擦った声で名乗りを上げた。

「いきなり邪魔して悪ィな! おれは白ひげ二番隊隊長、『火拳のエース』、ポートガス・D・エースだ……です! サボとの真剣交際を認めてもらうために来ました! ドラゴンさんはご在宅でしょうか!」

 一体どこからツッコミを入れて良いのか。それすらおれには分からなかった。


   ■


 その後、騒ぎを聞きつけた幹部組がやって来たが「エース、どうしてここに!」と叫んだサボが駆け寄るよりも先に、エースとやらの方が総司令官の前へと滑るように身を躍らせた。途端に周囲に緊張が走ったが、エースはその場で九十度に腰を曲げると、先程おれ達に向かって宣ったのと同じような言葉を口にした。つまり、サボとの真剣交際を認めてほしいという、耳から先の神経が理解を拒むような話だ。

「絶対にサボのこと、一生幸せにします!」
「エース、おまえ、そんな、突然なに言って……!」

 慌てふためくサボは手旗信号のようにひっきりなしに顔色を変えているが、突然頭を下げられた側の総司令官はというと、完全に無表情だった。それをNOと受け取ったのか、エースはなおも頭を下げ、遂にはサボもエースに並んで頭を下げた。

「おれたち真剣なんです、認めてください!」

 ──やがて、無表情のままではあるが、総司令官がこくりと頷いた。同時に、遅れてやって来たイワンコフが「なんて素晴らしいの! 愛の勝利! こうなったら宴よ!」とよく分かってもいないだろうに盛り上げ、本当になし崩しに宴が始まってしまった。なんだ、この茶番劇は。
 しかし、後から聞いたところによると、『サボが誰かと付き合っている』ということに気付いていないのはバルティゴでは総司令官ただ一人だったらしい。目敏いイワンコフやコアラは勿論、色恋沙汰に興味のないハックまでもが薄々感づいていたという。
 小型電伝虫片手にそそくさと部屋を出て行ったり、任務帰りに少し遠回りして帰ったり、すぐに動けるような用事のない おれたちで言うところの休暇にあたる には朝日が昇る前から小型船を出して一人で出かけて行ったりしていたのだというから、気付かない総司令官の方が鈍感なようにも思える。
 ともあれ、流石の総司令官といえど、寝耳に水なばかりでなく、反対した覚えもないのに急にやってきた男に頭を下げて懇願されては理解が追いつかなかったようだ。つまり、あれは無表情ではなく困惑ゆえに固まっていたというわけだ。
 そういった裏事情を知らなかったその時のおれは、突然始まった茶番と宴にかなり動揺していたのだが、二人の馴れ初め話(同郷の幼馴染で共に生活していたらしい)だの、誓いのキス(酔っ払ったコアラに敵う者は革命軍に居ない)だのを見聞きするに連れて、一周回ってどうでもよくなった。
 否、むしろ単純にめでたいとさえ思った。明日生きている保証もないような身の上だ、愛する者と相思相愛になって周囲からも祝福されるなんてこの上ない幸せに違いない。
 それに、正直に言えば、あの四皇白ひげの二番隊隊長とうちの参謀総長が恋仲となれば、今後何かしら有利だろうという打算もあった。敵の敵は味方と、すんなり片がつく世の中でもないのだが。
 翌朝まで続いたその宴は、まるで結婚式か何かのような騒がしさだったが、実際のところ、サボがエースと付き合っているからと言って、革命軍としては何も変わらなかった。今までだって─本人たちとしては─隠れて付き合っていたのだから当然だろう。
 サボは相変わらず革命軍参謀総長であり続けると言うし、北軍へ戻るおれはどうせ今後この話題に関わることもないのだから──と思っていた。
 半年前の、この時までは。


   ■


「カラスー! こっちだー!」

 見下ろす緑の崖で、サボが鉄パイプをぶんぶんと振りながら合図を送ってくる。隣にはいつぞやと同じように両腕を組んだエースの姿があった。しかし、今のエースから感じられるのは緊張などという初々しいものではなく、明確な殺気だ。
 鳥の姿を解きながら着地すると、妙に肌艶の良いサボが「いつも悪ィな」と目元で苦笑する。その最中にも、隣の男は今にもおれを焼き殺さんばかりの視線を送って来ているのだが、サボはそれに気付いていないようだ。

「……本当にいつもうちのサボが迷惑かけちまってすまねェな。おれがストライカーで送ってやるっつってんだけど」
「だってエースの帰る方向、おれと真逆じゃねェか」

 空飛んだ方が早いしな、とサボが悪気もなく付け加えたせいで、エースは更におれを睨みつけてくる。あの目付き、アレはきっと、焼いた後にどんなタレを付けて食おうかとすら考えていることだろう。実際、面と向かって「おれ、結構焼き鳥好きなんだ」と唐突に言われたこともある。誇り高き革命軍北軍軍隊長といえど正直怖かった。

「まったく、カラスのおかげだよ。半年前にエースが急にうちに乗り込んできたときはどうしようかと思ったけど、こうやってカラスに送り迎え頼めるようになったし、やっぱ打ち明けて良かったな」

 隣で覇王色の悋気を放っている相手に何故か気付かないまま、我らが参謀総長は暢気に笑っている。

 そう、半年前は他人事とばかりに思い込んでいたのだが、無関係のはずのおれの生活には思いがけない変化が生じたのだ──『サボのデートの送り迎え』という完全に公私混同な任務のおかげで。

 エースやサボが『いつも』というほど毎回でもないにしろ─当たり前だ、北軍には北軍の仕事がある─、本拠地から島へと、島から船へと、時には本拠地から海賊船へと、サボを乗せて飛ぶことが増えた。
 それ自体が厭かというと、そうでもない。あまりにも公私混同が過ぎるが、『参謀総長の護衛』と言い換えれば、それが必要かどうかは別として理解は出来るし、波任せで小舟を操るより時間の短縮になるのも分かる。何よりサボはその肩書を置いてなお『良い奴』だから、多少なりとも協力してやろうという気にもなった。
 しかし、どうもエースはおれが送り迎えをしていることが心底気に食わないらしく、顔を合わせる度にあからさまに威嚇してくるのだ。特に迎えの段ともなれば、エースからすれば最愛の恋人を奪いに来るように見えるらしく、こっちには何の気もないにも関わらず、取られてなるものかという子どもじみた嫉妬を真正面からぶつけてくる。完全にとばっちりだ。

「雨降らねェといいな。雨じゃ羽根も役に立たねェだろうし、立ち往生したら逆に時間かかるもんな」

 それはお前の船もだろう、と言いたいところだがグッと我慢する。普段こんなに我慢強いことは無いのだが、状況が状況だけに仕方がない。引きつった口元がマスクで見えないことだけが幸いだ。

「こんだけ晴れてりゃ大丈夫だろ。ったくエースはたまに変なこと心配するよな」
「……サボにだけだし」
「んだよ、ここは照れとくべきか? それとも見くびんなって怒った方が良いのか?」
「どっちでも構わねェさ、サボのならどんな表情でも好きだ」
「バカ、もう帰らなきゃなんねェってのに口説いてくんなよ」
「……帰したくねェ」
「おれだって帰りたくねェよ……」

 ──おれはさっさと帰りたい。
 額をくっつけて見つめ合う恋人たちなんざこのまま放置したほうが世のため人のためなのではと思うのだが、しかし、残念ながらその片方は我が革命軍の参謀総長であらせられるのだ。
 いくら「一生そのまま砂糖漬けになって幸せに暮らしてろ」とキレたくなっても、この男をバルティゴまで連れ帰らななければ世界的かつ歴史的な損失になってしまう。
 白ひげの方も同様なのだろう。たまにパイナップルみたいな髪型の男が「さっさと帰るよい」と首根っこを掴みに来ている。どこもかしこもご苦労なことだ。
 マスクの中にこっそりと溜息を吐きながらも、おれは再び鳥の姿をとる。馬に蹴られるのはごめんだが、そろそろ切り上げないとこのまま延長コースになっては目も当てられない。

「じゃあな、エース」

 おれの背に乗ったサボが、快活な声の裏に寂しさを滲ませている。そりゃそうだろう、と思いはすれども同情してやる気力は残念ながらこの半年間で失せた。というか、送りはともかく迎えはもう本当にエースに送ってもらえば良いんじゃないだろうか。何故そこだけ妙に頑ななのか。いい加減おれは迎えの度に身の危険を感じているのだが。

「ああ。着いたら連絡入れろよ」
「エースもな。ちゃんと真っ直ぐ帰れよ、既に予定より一日遅れてんだから」

 既に延長後だったらしい。呆れたおれが大きく翼を広げると、エースは僅かに後ろに下がる。勢いをつけて飛び上がればどんどん緑の崖は小さくなっていった。
 その真ん中で、小さな人影が絶えず手を振り続けているのをちらりと振り返ってから、おれは自分のためだけでなく口にしてみた。

「……なあ、いい加減送り迎えをするのやめたいんだが。せめて迎えだけは無しにして、帰りは遠回りだろうとあいつの船で帰っ、」
「あーーーー今回もエースは滅茶苦茶格好良かった! あいつ、ちょっと見ない間に男ぶり上げるからこっちはホント心臓保たねェよ! でもな、この間の航海の土産だっつて渡してくれた指輪、全ッ然サイズが合わなくて、そういうところは昔のエースのままで、それはそれで可愛くてな?」

 ──あ、また拡声器のスイッチ入れ忘れていた。
 なけなしの主張は風切り音に消え、うんざりするような惚気話を背に、雲ひとつない快晴の空を駆ける。
 これはもう、さっさと世界をひっくり返して、この離れ離れの恋人たちをひとところに落ち着かせておかないと、このままではとてもおれの正気が保ちそうにない。
 妙な理由で革命への志気を高めつつも、ともすれば脱力感と共に高度が落ちそうになる。こんな時こそあいつの能力で鼓舞してもらいたいものだと独り言ちたところで、やはり拡声器のスイッチは切れたままだった。


【完】




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