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Sparrow

「男ものだよねこれ!?」

 私がお風呂から上がるなり、先にお風呂を済ませてもらっていた八木さんは自分が着ている服を指してアワワァと尋ねてきた。布団は敷いておいたのだから寝ていてくれてよかったのに、落ち着かない人である。仕事中はあんなにもどっしり構えておられるのになぁ。
 はい、と頷く。

「お父さんのです」
「お父様! なるほど! お借りします」

 まれに泊まることがあるから、両親の私服はいくらか置いてあるのだ。八木さんにはその中から父親のものを貸し出した。サイズはちょっとダボッとしているようだが、八木さん痩せ形だし、お父さんも痩せてるし、仕事モードにならない限り問題はないはずだ。
 よからぬ疑惑を持たれてしまってはいけないので解説すると、八木さんはあからさまにホッとしている。そうおどおどされなくても、小指を立てるような男のものはうちにはないので安心してほしい。
 体が火照っているので、眠りやすくなるまで起きておこう。あした休みでよかった。時計からそっと目をそらして冷たい麦茶をコップに注ぐ。八木さんのぶんはレンジでチンしてぬるめにした。
 テレビをつける。音量は小さめ。深夜帯であるので、ゴールデンタイムよりも少し変わり映えした番組をやっているようだ。一昔前のヒーロー特集。偶然見知った姿が映ったものだから、思わず控えめに主張した。

「あっ。あの人がお父さんです」
「えっ、彼?」
「はい」

 影に潜み、暗闇に潜む。そんな個性を持つ私の父は、昔はヒーローをやっていた。そう有名ではない、マイナーなヒーローだ。こういったマニアックなものでなければ、メディアにはほどんど映っていない。厳しくはなくともひんやりとストイックな人で、人に囲われることをよしとしない人なのだ。

「今はもう、表からは引いておられるんだったかな」
「よく御存じで。免許は持ったままですから、今はそれで適当に働いています」
「そうかい。元気であるのなら、それは何よりだ」
「そうですね。元気が一番です」

 私は施設出身だから、里親である両親はまだ若いし、まだまだ元気だ。これからもそういてほしい。家族は私の密かな自慢だ。
 父親は元ヒーローだが、母親は私と同じ無個性。そんな奇特な二人の下で育てられたから、私はそう拗れることなく大人になることができたのだろう。
 小さい頃の私は父のことをかっこいいと仰いでいたが、そのあこがれが夢になることはなかった。それで正解だったと思っている。我ながら聡い頭をしていた。
 齢を重ねるにつれて世の中を俯瞰できるようになると、私は井の中の蛙であり続けることを選んだ。淡水に潤う体で大海に出ては、きっと生きてはいけなかっただろうから。
 身のわきまえ方を覚え、ツルよりもスズメであろうとした。
 そうしても過去に苦しいことがなかったかと言えばうそになるが、でも生涯に失望するほどのことはなかった。
 流されるような選び方にどうして、と首を傾げる人も世の中にはたぶんいるんだろう。否定はしない。私は流されてここまで来た。でも、私はこれがいいんだ。
 おかげで授かった異能や夢はなくとも、大事なく平穏に暮らせている。大学を卒業して、こうして職にも就くことができた。
 幸せ者なのだ、私は。特別な何かよりもずっと良い。私は特別ではない、一のツルではない、一〇〇〇のスズメの中の一羽でいい。それでムコセームコセーと散々に吐き捨ててくれた人たちを十分に見返してやれる。平和ボケ? 上等である。悪くないでしょう、平和ボケ。
 個性がない私にとっては、この超人社会で何かを選ぶことそのものが必殺技みたいなものなんだから。選ばずに済む日々を、大事にして何が悪い。少なくとも私は、特別ではない私であることを後悔していない。

 五分にも満たない父の特集が終わった。テレビを消す。

「それじゃあ、おやすみ」
「はい。おやすみなさい」

 客室に去っていく八木さんを見送り、消灯。
 あしたの朝食はどうしようか。考えながら、睡魔に体を預けた。


20170623


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