「とうとう卒業しちまったなぁ、苗字も」
先生が、教卓に寄りかかってわたしを見ている。
いつものだらしない白衣ではなく、先生にしてはちゃんとしたスーツ姿だ。左胸には、ピンクの造花がある。
ついさっきまでみんなの笑い声と泣き声と、いろんな思いのつまった会話で騒がしかった教室も、今は静かだ。
先生の後ろの黒板には、大きく「祝、卒業!!」の文字と、たくさんの先生へのメッセージ。
「まさか土方くんが泣くなんてね」
「ほんとになぁ。神楽とゴリラあたりは泣くと思ってたけどよ、あと新八も」
「晋助も、卒業できてよかった」
「ま、アイツならどうなっても生きてけそうだけどな」
「とか言って、先生も心配してたくせに」
「このクラスで心配じゃないやつなんていねーだろ、バカ」
「…たしかに」
にぎやかで、一人ひとり個性が強くて、無茶苦茶な問題児ばっかりで、けれどたまに団結したりして。
Z組みたいな楽しいクラス、きっとどこを探してもない。
「先生、わたしも晴れて卒業したことだし飲みいきましょう」
「お酒は二十歳になってから。ダメ、絶対」
「ちぇ、奢らせようとしたのに」
「お前も自分で稼ぎなさい、そして先生の苦しみを知りなさい」
「...」
「なんだよ」
「先生が養ってくれないかなぁと思って」
「なっ」
「わたし、ちゃんとお返事もらってないよ、センセ」
先生の瞳が、一瞬揺れる。
わたしはその赤い双眸をじっと見つめた。
あの日マンションの下でキスをしてから、そういう話はしていない。
先生が、忘れろって言うから。
わたしたちは今日の今日まで、あくまでも先生と生徒という関係で接してきた。
あれから数回は先生もわたしの家を訪れたし、メールも続いている。キスなんて、なかったことのようにお互い振舞っていた。
けれど、それも今日でおしまいだ。
「わたし待ったよ、先生」
「...わかってるよ」
ちょい、と先生に手招きされ、教卓の方へ近づく。
窓から入ってきた桜の花びらが、ひらり、ひらりと教室を舞っていた。
「いいんだな?先生で、俺で」
「先生が、いい」
優しく抱きしめられた。
いつもの、タバコのにおいがする。
「子供扱いしちゃうかも」
「いいよ、先生なら」
「もう先生じゃないんだけど?」
「...銀、ちゃん?」
「よくできました」
ご褒美のキスが、ゆっくりわたしに落とされた。
141024 end