「お前、進路どうすんの?」




蝉がうるさく鳴いている。空は突き抜けるように青い。

高校3年生の夏休み。今は、銀八先生と2人で面談中だった。



「わかんない」

「わかんないってお前...」



先生が、お手上げと言うように頭の後ろで両手を組んでため息をついた。



「大学は行く気ない、です」

「まあ、そうだろうと思ってたけど。就職?」

「...おじいちゃんが経営してるカフェがあるから、そこで働かせてもらうか...」

「もらうか?」

「すこし、料理のこと、学びたいかな」

「専門?いいじゃねえか。そういえばお前、一応料理部だもんな」



さっきとはうって変わって、なんだか乗り気な先生が話を進める。
パンフレットあるからとってくるわ。突然そう言って、白衣の後ろ姿はあっという間に姿を消した。



「はぁ...」



専門学校を勧めてくれたのは、祖父だった。カフェは調理師免許がなくても経営できる。でもどうせなら、と。
父親は、どう思っているか知らないし、知りたくもなかった。


幸いうちはお金はある。だから一人暮らしもさせてもらっているし、今更遠慮などもしていない。あとは、自分の問題だ。



料理は好きだ。きっと料理について学べば、もっと好きになるだろう。ただ、今まで専門学校に進むというのを考えたことがなかったから、不安でもありイマイチ意欲がわかないのだ。今まで自分の将来についてろくに考えてこなかったのも、きっと影響している。

その場その場で、自分の意見なんて大して持たずに生きてきた。所詮わたしはまだ18のちっぽけな子供だ。








ガラリ、教室の扉が開いて先生が入ってくる。その手には、いくつかの冊子があった。



「ほい、適当に見といて」

「先生」

「あ?」

「わたし、今まで自分の将来とか考えたことなかった。だから、イマイチ実感がわかないんだけど...」

「...まあ、言いたいことはわかる」



どっこらせ。先生が、お年寄りみたいな掛け声で椅子に座る。
授業をして、生徒の相手もして、お給料をもらっている先生がなんだか遠くに感じられた。

この前、恋愛に年齢は関係ないとか言ったばかりだけれど、やっぱり大人と子供は違う。自分がその狭間に立って、初めてその差を感じた。



「俺は、武器は多い方がいいと思うぞ」

「武器?」

「そう。例えば、俺だったら教員免許。これがあるから、俺は仕事も給料もゲットできてるってわけ」

「...」

「お前もさ、調理師免許とっとけば可能性が広がるぞ。もっと年食ってからパティシエになって自分の店持ちたい!とか思ったとしたら、専門で学んだことはきっと役立つ」

「...そっか」

「そ。だから、俺は専門を推すね」




やっぱり、先生は大人だった。
人生の経験を積んで、生徒に道を示すことのできる、大人だった。








***



「こんな暑い中帰るの無理…」

「なんだよその目は」

「いや、ちゃちゃっとスクーターで送ってくんないかなぁって」

「...まあ、今日は俺もこれで終わりなんだけどな」

「ふふ、世の中言ってみるもんだ」

「へーへー、支度するから昇降口で待ってろよ」

「あ、先生」

「ん?」

「どうせなら夕飯食べていく?」



教室のドアに向かって歩き出していた先生が、無言でこちらを振り向いた。その目は、いつもより少しだけ見開かれている。



「お前...わかって言ってんのか?」

「ただ単に料理の腕前を見てほしいだけですけど。先生、セクハラ」

「苗字、お前はもうちょっと危機感をもて」



そう言って教室を出ていく先生は、この前わたしが屋上でした告白を忘れているのだろうか。

manhattan portageのメッセンジャーバッグを肩にかけて、わたしも教室を出る。





先生は、どういうつもりなんだろう。

生徒に好意を抱かれるのがいやなら、わたしを突き放せばいいのに。

先生は、誰にでもああやって砕けた感じで接する。だから別にわたしをとんでもなく特別扱いしてくれているとは思わないけれど、たかだか18のわたしをその気にさせるには十分すぎる振る舞いをしていた。




下駄箱を開けて、ぺたんこのローファーを取り出す。紺色のハイソックスの足先を突っ込めば、少しひんやりとして気持ちがいい。



「はぁ、」

「ため息つくと幸せ逃げるぞ」

「ひゃっ」



ふいに頭に手を置かれて、思わず肩が揺れる。振り返れば、先生がいた。



「びっくりした...」

「お前にもかわいいとこあんだな、くくっ」

「余計なお世話」



2人で昇降口を出る。まだまだ太陽は元気に眩いていた。
夏真っ只中で、ぐったりするような暑さだ。けれどもそれも、先生にしがみついて風を切る数分後には気にならなくなるんだろうけども。



「アイス買っていきたいなぁ」

「つって俺に奢らせるんだろ。先生知ってっから」

「ご飯出すんだからそのくらい買ってくださーい。むしろプリンとポテチつけてもおつりが来るよ」

「俺が飯食ってくことは決まりなのかよ。セブンでいーの?」

「うん、郵便局の交差点曲がったとこが一番近い」

「了解。しっかり掴まっとけ」



後ろから見る先生はなんだかいつもと違うように見えたけど、タバコのにおいは変わらなかった。






141014





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