2014/06/22
――――――――――――――
差出人:銀八先生
件名:無題
――――――――――――――
本文:
着いた?
先生に、全て話した日。
その日は、授業が終わるまで保健室にいて、放課後先生に家まで送ってもらった。わたしがマンションに一人暮らしだということを知った先生は、きっと心配してくれたんだろう。それから毎日、わたしが帰宅するくらいに連絡を入れてくれるようになった。
親にも警察にも言いたくないというのも、しぶしぶ受け入れてくれた。
「まーたサボりか?」
「あ、先生」
5限の数学は寝るしかないから、どうせなら一人で寝よう。そう思って屋上を訪れると、先生がタバコを吸っていた。
「教師の前で堂々とサボるなよ」
「先生こそ、生徒の前で堂々とタバコ吸わないでよ」
「俺、反面教師的なやつだから」
「よく言うよ」
手すりに寄りかかる先生に近づいて、わたしも手すりに手を掛ける。
先生と一緒にいる時間は、親とも友達とも違う。ゆったりとしてて、タバコのにおいがして、心地いい。
風が吹いて、髪が靡いた。
「お前、髪きれいだな」
「...ナンパですか?それ」
「は、ガキに興味はありませーん」
先生が意地悪く笑う。
いかにも、大人の余裕があるって感じの顔だ。
わたしは、人を好きになるのに年齢なんか関係ないと思うけれど。
そうつぶやくと、先生はまた笑った。
「まだ青いねぇ、苗字も」
「とか言う先生も、いい歳して恋人すらいないくせに?」
「うっせ」
短くなったタバコを携帯灰皿に押し付けて、先生はポケットに手をつっこみタバコの箱を探す。
どこかで見たような光景だと思って、ふと思い出した。そういえば、晋助もこの前ここで吸っていた。
タバコを吸う男の人は、きれいだと思う。骨ばった男の手が、指がタバコを挟んで持ち上げて。その動作は、なんだかわたしになひどく色のあるものに見える。
手すりを背にするようにコンクリートに腰を下ろすと、先生がわたしを見下げた。
「わたし、ちょっと寝る。5限終わったら起こして」
「...そこで寝るとパンツ見えんぞ」
「別にいいよ、パンツくらい」
「俺、もしかして男扱いされてない?」
「え、先生ってガキの下着で興奮しないんでしょ?」
「あーもううっせえ!肩くらいなら貸してやるから、こっちこい!」
「え?」
「あ?早くしろよ」
先生が、わたしと同じように手すりを背にし、どかりとその場に腰をおろしてわたしを見た。
先生は、よくわかんない。
そこら辺の大人とは違う。ちゃんと先生するかと思ったら、たまに甘やかしてくれる。泣いてたら抱きしめてくれたり、毎日メールしてくれたり、先生にはそこまでする必要はきっとないのに。
多分これは、先生だからとか生徒だからとか、そういうのとはちょっと違う気がする。
あぐらをかいている先生のとなりに、ゆっくり近づく。自然と顔が緩むのがわかった。
「よっ、と」
「6限になったら教室帰れよ、俺も授業だから」
「先生、タバコくさい」
「人の話を聞け」
先生は、わたしと目を合わせようとはしなかった。じっと、空を見つめて動かない。首筋がきれいだと思った。ごつごつしたラインは、大人の男を感じさせる。
「ねぇ、先生」
「あん?」
「特別扱いって、うれしい」
「は、調子乗んな」
ぺしりとおでこを叩かれる。綺麗な赤い瞳が、わたしを見下ろしていた。
「寝るんじゃねえのかよ」
「ん、寝る」
「じゃ、先生はゆっくりタバコ吸おうっと」
「先生」
「ん?」
「知ってるだろうけど。わたし、先生のこと好きなんだと思う」
「ちょっと優しくされたらすぐ落ちちまう、苗字、おまえはやっぱまだガキだよ」
141013