夢を見た。
昔、中学校の教科書か何かで読んだ話の夢だった。
どこかは覚えてないけれど北海道とか青森とか、雪がたくさん降るところに住んでいる女の子の話。夢で見たのは、その子が豪雪の夜に母親と2人、こたつですごすという場面だった。
外はしんしんと雪が降っていて静まり返っている。女の子は、まるで世界にたった2人、自分と母親だけが生きているように感じるのだ。
上半身を起こし時計を見ると、午前5時を回ったところ。
久しぶりにちゃんとした夢を見たわたしは、悪いと思いながらも隣で寝ている進英をそっと起こす。
彼は嫌な顔もせず、わたしの夢の話に付き合ってくれた。
「覚えてねーなぁ」
「教科書が違ったのかもね」
真剣な顔で考え始めた進英にちょっと笑って、ホットミルクの入ったカップに口をつける。進英が、わたしが寝付けないときにいつも作ってくれるホットミルク。はちみつがたっぷり入っていてとろけそうなほどに甘い。
北海道は今日も大雪だった。さっきわたしがつけたテレビには、早朝のニュースでこれからの降雪量を説明する気象予報士とアナウンサーが映っている。
「寒いね、今日も」
「暖房の温度あげるか?」
「ううん、いい。カーディガンとってくる」
「いーよ、とってきてやるよ」
「なに?今日は優しいの?」
進英が軽快に笑ってベッドルームを出ていった。
進英は年齢的にはわたしのひとつ上だけれど、時々すごく子どもっぽい。
そんな彼はエゾノーを卒業してからも無職だニートだって騒いでいたけれど、なんとか仕事を見つけ一人暮らしも始めた。1年遅れてエゾノーを卒業し大学進学したわたしは、そこに転がり込んだのだ。
次の春で、一緒に住み始めて2年になる。
リビングから、少し大きめな進英の声がした。
「白いのだよなー?」
「そー!ねぇ、今日の朝ごはん何がいー?」
「んー、パンケーキー!ホイップいっぱいのったやつー」
「うわ、朝から高カロリーだなぁ…」
「いーんだよ、朝はそんくらいでちょうどいーの!」
リビングからベッドルームに戻ってきた進英は、ふと何かに気付いたようにドアに手をかけて台所の方へ向かおうとする。
「なぁ、小麦粉とか卵とかあったっけ」
「ふふん、昨日買いもの行ったもん。卵はちゃんと直売所で買ってきたし」
「おっ、将来有望だな。オレの奥さまとして」
ちょっぴり得意げな顔をしてみせると、進英が嬉しそうに顔を緩ませている。それがあまりに幸せそうな顔で、こっちがすこし気恥ずかしくなってしまう。
進英はベッドルームのドアを閉めると、身体を起こしているわたしの肩にそっとカーディガンをかけた。空になったカップをサイドテーブルに置いて、白いニット素材のそれに腕を通す。
「ありがと」
「ん、」
進英がリモコンでテレビのスイッチを切り、ゆっくりとベッドに横になる。わたしもそれに倣った。
部屋が、静寂に包まれる。
ふと進英のほうを見ると、目が合う。そのまま、どちらからともなくキスをした。
静かすぎる夜だった。世界に、わたし達2人の息づかいとリップ音しか音がなくなってしまったような錯覚に落ちるくらい。
ゆっくりとくちびるが離れる。
「世界にオレら2人しかいないみたい、だな」
さっきの話みたいに。進英が笑いながら言う。彼にしてはかなりロマンチックなセリフで、いつもなら笑ってやるところだ。けれど、不思議とそうする気分ではなかった。
いそいそと身体を寄せて、進英の腕に手を絡ませてみる。普段わたしからこういうことをするのはあまりないからか、進英から驚きの視線を向けられる。してやったりというふうに笑ってみせれば頭をぐしゃくしゃと撫でられた。
「眠い?」
「…ちょっとだけ」
「いいよ、オレも今日休みだしもう一眠りすんべ」
「ね…くっついてちゃだめ…?」
「むしろ離れんな。あったかくてちょうどいいんだよ、湯たんぽみたいで」
湯たんぽ扱いにむかついて、ぎゅっと進英の腕をつねってやる。進英が笑いながら痛い痛いと叫ぶので、仕方ないからやめてもう一眠りすることにした。
ふと窓に目を向けると、外はもう明るくなっていた。雪のせいか真っ白な光が、カーテン越しに部屋をほの明るくしている。
進英を見上げると、また目が合った。2人でくすりと笑って、おやすみのキスをした。
title:リラン
140816