※大川先輩の下の名前、進英っていうらしいよ。(知らなかった)
卒業式の日。進英先輩はとうとう就職先が見つからなかったと泣いた。男のクセに情けない。
卒業式が終わって人気のなくなった体育館。その入口のすぐ傍で、わたし達はいつものようにたわいのない話をしていた。
「そんなんだからニートになっちゃったんですよ」
「んだとう名前。お前はまだ世の中の怖さを知らないんだよ」
「ああ、先輩は身体を張ってそれをわたしに教えてくれたんですか?」
「そ、そうだよ…」
進英先輩は悔しそうに呟き、入口の段差のところに拗ねたようにしゃがみこんでしまった。わたしが笑うと、じぃっと睨んでくる。
「そういうお前は進路決めたのかよ」
「…まだですけど」
「あーあーあー。一年っつったってすぐだぞ、俺みたいになるぞ」
「うるさい、進英先輩のニート、ばーか、無職」
「あ!?オレ一応先輩だぞ、おら」
少し笑って、マフラーに顔をうずめた。まだ3月、北海道は今日も極寒だ。先輩の鼻もちょっと赤くなっている。
進英先輩とお知り合いになったのは、確か入学してすぐだった。馬術部の近くでうっかり迷子になったわたしを、馬を引いてきた進英先輩が見つけて助けてくれたのだ。あの時はほんとにかっこいいと思った。あの時は。
いざ話してみたらただの変な人だったけれど。
それから、たまたまだけれど何度も会う機会があって、エゾノー祭なんかお互い友達とはぐれたとかなんかで一緒に回った記憶もある。思い返してみれば、わたしのエゾノーでの1年の大半は進英先輩が占めていた。
「なんか、」
「ん?」
うつむいて自分のつま先を見つめる。進英先輩は、黙ってわたしの次の言葉を待っていてくれた。
「…いざ先輩がいなくなっちゃうとなると、さ…」
みしい、と言いかけてやめた。顔に熱が集まってくるのがわかる。なんだ、これ。卒業式の日にこんなこと言うなんて、なんか告白、みたいじゃん。
「んだよ最後まで言えよ。つか何照れてんの」
「いやて、れてないです。ほんとにほんとに」
ふいにしゃがみこんでいた進英先輩が立ち上がって、わたしの方へずんずん歩いてくる。鼻と鼻がくっつきそうなほど近くまで来て、先輩はようやく歩みを止めた。そしていきなり、わたしのほっぺを両の手のひらで挟み込んで言った。
「なーーーに!!」
「なっなにふるんれふか!」
「何て言おうとしたか言えっての」
うりうり。ちょっと意地悪な笑顔を浮かべた先輩が、わたしのほっぺで手のひらをマッサージするみたいに動かした。
「わかっいいまふって!!」
「よし、」
先輩がぱっと手を離す。で?と目で聞いてきた。逃げられそうもない。
「…さみしいな、って思って…」
さすがに顔を見て言う勇気がなかったわたしは、さっきみたいにうつむいてしまう。ああ、顔が熱い。きっと赤くなってる、もう、最悪。
「…それは、告白と受け取っていいの?」
先輩の声がすぐ真上から降ってきて思わず顔をあげたら、そこにはちょっと顔を赤くして、でもものすごく嬉しそうな顔をした進英先輩がいた。
そこで素直になればよかったのに。わたしの性格はそれを許してくれなかった。わたしはまたうつむいて、言った。
「ちがい、ます」
「そーなの?残念」
あれ、意外とあっさりしてる。声も別段残念そうじゃない。
そうだ。よく考えてみたら進英先輩はいつもリア充爆発とか彼女欲しいとか言いまくっていた。もしかして、彼女になってくれるなら誰でもいいとか。先輩のおちゃらけたキャラならありえなくないかも。
そこまで考えて、急に鼻の奥がツンとするのを感じた。目に涙が集まっていくのがわかる。泣くな。拒絶したのはこっちだ。泣くな、泣くな。
必死に涙をこらえていると、また進英先輩の声が頭上から降ってきた。
「オレは、名前のこと好きだけど」
思わず勢いよく顔をあげてしまった。
その拍子にこらえていた涙が溢れて、止まらなくなった。
進英先輩の照れくさそうな顔が、すぐに焦りに変わる。
「えっ、おい名前泣くなって、おいおい」
先輩が優しく背中を撫でてくれるけれど、涙はもう止まらない。
進英先輩が困ったように聞いてきた。
「そんなにオレと付き合うの、や?」
違う、そうじゃない。それを伝えたくて泣きながら首をぶんぶん横に振る。するとそれを見た進英先輩がちょっと笑った。何笑ってんだ、こっちは必死なのに。少し間を空けて、先輩がまた口を開く。
「じゃあ、そんなにオレと付き合えるのが嬉しい?」
恥ずかしさを押し殺して、一度頷いた
。次の瞬間、身体が温かいものに包まれる。進英先輩に抱きしめられていると気付いたのは、そのすぐ後だった。
「せん、ぱ…」
「もー、焦らせんなっての。名前のバカ」
「ごめっ…ひっ、なさ…」
「名前はホント、素直じゃねーよな」
そう言って先輩がわたしの耳元で笑う。なんだかくすぐったくて、わたしも笑ってしまった。
しばらくして、先輩がゆっくりと身体を離す。そして、わたしの目を見つめて言った。
「ちゃんと返事聞いてねーよ、オレ」
先輩の目は真剣だ。わたしも、先輩の目を見つめた。
「…好きです、進英先輩」
言い終わると同時に、くちびるに柔らかい感触。すぐ近くに進英先輩の顔が、あった。
びっくりして目を瞑ったわたしを見たのか、そのまま先輩は何回も何回もわたしにキスをした。
寒いはずなのに、熱くて、くらくらして、恥ずかしくて、溶けちゃいそう。
ようやく先輩の顔が離れる。息を切らせて顔を真っ赤にしているわたしを見て、先輩は楽しそうに笑った。
「…先輩のバカ」
「えっ!そこは先輩大好き!とかないのかよ」
「うるさいです。無職のくせに」
「…名前んちで働かせて!!雇って!!」
「やですよ!!結婚してるみたいじゃないですか!!」
「どうせそうなるだろ、な?」
先輩がバカかと思うほど清々しい顔でそんなことをのたまう。それに言い返せず顔を真っ赤にしてしまったわたしは、きっと進英先輩のことがどうしようもなく好きなんだろう。
title:さよならの惑星
140812