昼休みになってしばらくたったころ。俺がからになった弁当箱を片付けていると、突然教室のドアが勢いよく開いた。


「あ、」


隣の佐藤が声をもらしたのが聞こえた、次の瞬間。誰かが突っ込んできて、衝撃に思わず小さく呻く。
こんなことをするのは一人しかいない。見慣れた黒髪に、思わずため息をつきそうになった。



「名前か…」

「うう〜っ、鈴木…」



俺にすがりつきながらこちらを見つめてくるのは、お隣さん兼幼馴染みの名前だ。隣のクラスのこいつは、困ったことがあると俺のところに来る。




「名前ちゃんじゃん、泣いてるし」

「ぐすっ、佐藤…」

「今日は何したんだよ。おら、顔拭け」

「ずび、おべんとっわすれた…」

「サイフは?」

「わすれた…」

「ったく。今から購買行ってなんかあっかな」


涙で濡れている名前の顔を自分のタオルでごしごし拭いて、ゆっくり立ち上がる。




その時、それまで傍観していた平介があ、と何かを思いついたような声を出した。


「またれいまたれい。俺ドーナツあるよ。昨日作ったの」

「えっドーナツ!平介の手作り?」

「そうそう、名前ちゃんにならあげる、ってちょっと待って君たちにはあげるって言ってないよねえってば」


平介の制止の言葉など聞くわけなく、ドーナツはあっという間に佐藤の腹に消えていく。もちろん、俺の腹にも。名前も必死にドーナツを口に詰め込んでむせていた。 生存がかかった小動物みたいだ。


「なくなっちゃった…」


悲しそうな佐藤の声に、平介はただ呆然としていた。からになったタッパーを抱え、悲しみにくれている。俺としては名前の昼メシ問題が解決したので万々歳だ。


「おれのどーなつ…」

「名前、ちゃんと食べたか?」

「はい!おなか満たされました!」


満面の笑みで答えた名前の口元には、ドーナツのかすがついていた。親指で拭ってやると嬉しそうに笑う。がっくりと膝をつく平介とは対照的だ。


「今日は来んのか?」

「うん、ママさんにはもう言ってある!今日の夜ごはんはシチュー!」

「おう。帰りは?」

「あっ、友達が委員会あるから、一緒に帰ってもいい?」

「名前ちゃんいるの?じゃあさ、あそこ行ってみない?ほら、駅前にできたケーキ屋さん!」

「「ケーキ!!!!」」


佐藤の言葉に名前と平介が目を輝かせて叫んだのは、ほぼ同時だった。





「あ、平介復活した」

「ごめんね平介、わたしのせいで。ケーキおごるよ」

「まじで」


名前の言葉に、平介は思わずぶわりと涙をにじませる。こいつらはバカか。俺は2人を見ながら一言つぶやいた。


「名前今日サイフ忘れたんだろ」

「あっそうだった…ごめん平介!おごってください!!」

「え、なんでおれ?」


またもや呆然とする平介にきゃっきゃっと笑って、じゃああとでね!と名前は自分の教室に帰っていく。まさに嵐だ。





「なんか最近今までにもまして名前ちゃんと仲いいね、鈴木。家が隣の幼馴染みって、どこもこんなもんなのかな」

「あー…あいつの親今海外行っててさ。メシ食いにほぼ毎日うちに来んだよ。だからじゃねーの」


あれの面倒毎日見てるこっちの身にもなってくれ。そう言うと、佐藤は笑った。ちなみに平介は再び膝をついてうなだれている。


「何がおかしいんだよ」

「いやぁ、鈴木って名前ちゃんにはずいぶん甘いなぁって思って。まあ平介にも十分甘いと思うけど」











***




「わかんない〜も〜」

「真面目にやれ。そんなんだと、アイス買うの付き合わねーぞ」

「うう…えっと」


夕食を終えた俺と名前は、いつものように俺の部屋で課題に取り組んでいた。
たしかに課題の問題は難しかった。アイスでなんとかやる気を出させた名前も、わかんないわかんないとうなっている。

ペンを走らせ指数関数の問題を解いていると、ふと昼休みの佐藤の言葉が浮かんできた。



”鈴木って名前ちゃんにはずいぶん甘いなぁって思って”



甘やかしてるというか、世話するのは当たり前のような感じがしていた。そんな当たり前も、いつかなくなるのだろうか。



「なあ、俺って甘いか?」

「へっ、なに突然」

「今日佐藤に言われた」

「ん〜…まあ鈴木は甘々だと思いますよ」

「…なんかあんまりいい気はしないな」

「まあ、わたしが言うのもなんだけど」

「まったくだ」


甘々鈴木くんわたしの分の宿題もやって!そう叫んで名前がベッドにダイブする。流石にその頼みを聞く俺ではない。
名前に消しゴムを力いっぱい投げつければ、ぐえっとなんとも言えない声が返ってきた。


「おい、寝るなよ」

「んー…」

「さすがにもう背負わねーからな。ガキの頃じゃあるまいし」

「ねえ」

「あ?」


うつぶせになって枕に顔を押し付けながら話す名前の声はくぐもっているが、やけに柔らかい。


「けーきおいしかった…また行きたいなぁ…」

「…しかたねぇな。来週の休みにでもまた行くか?」

「ほんと…?あのね、こんどはね、ふたりがい…な…」

「おい、寝るなって」

「すぅ、すぅ…」

「はぁ…ほんとに、手がかかる」








確かに甘いかもな、俺。

自分のベッドで幸せそうに眠る名前にそう言うと、触れるだけのキスをした。
来週の週末を考えれば、据え膳食わぬはなんとやらも、彼女を部屋までおぶっていくのだって苦ではなくなるのだから。







title:さよならの惑星
140802




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