放課後、わたしはいつものように体育館の重いドアを開けた。そろそろ練習が始まろうとしている。


数人の部員が、すでに軽い1on1をしたりシュートを打っていた。
その中に、見慣れた金髪はいない。最近早く来てるし、もうそろそろ来るかな。そこまで考えて、わたしはびっくりして頭をぶんぶんと振った。
なんでわたしは今、黄瀬のことを考えたんだろう。無意識に、彼のことを探してしまった。





「名前、何してんだ」

「わっ、笠松」



いきなり後ろから声をかけられたと思ったら、キャプテンであり同じクラスの笠松がわたしを不思議そうな目で見つめていた。そんなこと聞かれても…黄瀬のことを考えていたなんて、言えるわけが無い。


「べ、べつに、何でもないよ」

「…悩み事あんなら言えよ」

「ないない、ないって!」


すこし笑いながら、彼はわたしを追い越し体育館へ入っていく。
その後ろ姿を見つめながら、わたしはため息をついた。早く仕事しよう。


今日の練習メニューを書くために、壁に立てかけてあったホワイトボードを手にとった。
しゃがみこんで、かなり大きめのそれを膝に乗せる。メニューの内容はもうすでにカントクに確認しに行き、笠松と相談して決めてあった。

キュ、キュ、とホワイトボード用のペンを動かすたびに、心地良い音が鳴る。
すこし猫背ぎみに書いていると、ふいにはらりと耳にかけていた髪が落ちてきた。面倒だったから今日は髪を結んでいなかったけれど、やっぱり結ぼうかな、と思ったときだった。



「ふぁっ、え?」


ふいに何かが首筋をかすめ、髪がすくいとられる。
びっくりして後ろを振り返ると、期待の1年生エースがわたしの髪をひとまとめに掴んで笑っていた。


「って、何してんの黄瀬」

「ちっす。名前センパイ髪の毛邪魔そうだったから、オレが結んであげようと思って。ほら、前向いてて」


黄瀬は言うが早いか、わたしの頬に髪の毛を掴んでいないほうの手を添えて、優しく前を向かせた。


諦めてされるがままにしていると、黄瀬の指がわたしの髪に差し込まれた。ゆっくり手櫛で髪をすかれる。なんだかくすぐったい。
横の毛を少し残して、器用に髪をまとめていることが見なくてもわかった。再びペンを動かし始めるが、なんだか落ち着かない。

ふと、ついさっき無意識に彼の姿を探してしまったことを思い出し、思わず手を止めた。なんで。なんでわたしは。意識するともう止まらなかった。黄瀬の指先が首に触れるたび、反応しそうになるのをなんとか耐える。






「うわっ、今日のメニューきついな…よし、」

「…あんた、変わったよね。この前の誠凛以来」

「え、センパイ、オレのことと見ててくれてたんスか?」

「うるさい。あんたは部員なんだから当たり前でしょ」

「はーいはい…そうだセンパイ、オレの自主練のメニュー考えてくれないっスか?笠松センパイのも、名前センパイが考えたんでしょ?」

「は、こんだけやって、まだやるつもり?」

「そんくらいしないと勝てないっすよ」




生き生きとした笑顔を浮かべる黄瀬は、入ったばかりのときとずいぶん変わったように感じる。
天性の才能があるとはいえ、自分の能力がまだまだ未熟なことを自覚し、努力を重ねる。”勝つ”ことに対して、こだわりを持っている。


「しかたないなぁ。わたしもちゃんと学んだわけじゃないんだけど、いいの?」

「もちろん!あ、結び終わったっスよ」


…手際がいい。ていうかなんでゴムなんて持っているんだ。
後頭部に手を伸ばしてみれば、きれいなポニーテールが出来上がっていた。


「器用だね、黄瀬。こんなのどこで覚えたのよ」

「オレ、好きなコには尽くしてあげたいタイプなんスよね」

「へっ、」



くるりん、と効果音がつきそうなほど軽い動作で、黄瀬がわたしの前にしゃがんだ。

え?今、なんて?
呆けているわたしを見て、黄瀬が笑う。




「ははっ、名前センパイかわいい」

「っ、もうからかうのもいい加減に…」

「からかってないっスよ、ほら、」


突然黄瀬の顔が近づいてきて、とっさに目を瞑る。額に柔らかい感触。びっくりしてすぐに目を開けると、形の良い顎がすぐ目の前にあった。額のそれがなくなったかと思うと、してやったりという黄瀬の顔がゆっくり離れていく。
キスをされたということに気付いたのは、たっぷり間があいてからだった。



「……………っ、え、」

「ったく、センパイ鈍すぎ。帰りの時間合わせたり、しょっちゅうLINEしてんのに」

「ちょ、ちょっとまって、」

「待たない。スキっすよ、名前センパイ」



パニックでどうにかなりそうだった。顔がきっと赤くなっている。心臓がすごいスピードで動いていて、今にも壊れそうだ。


「え、き、黄瀬、」

「さあーて、練習いこっと。終わるまでに返事、考えといてくださいね、」



もう知ってるけど。振り返った黄瀬の表情が、そう言っているようだった。

その日の練習は集中できるはずもなかったのは、言うまでもない。





めちゃくちゃ薄いジャグに文句を言う笠松と落ち込むわたしを黄瀬が笑いながら見ていたことを、もちろんわたしは知らなかった。







title:リラン
140824




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