公安局刑事課一係の面々は、八王子のドローン工場にいた。
日もすっかり傾いた頃、常守、狡噛、縢の3人は、空腹を満たすため食堂に向かっていた。

常守が一係に配属になった日以来なかった、一係全員での任務である。
ただ、名前だけは二係で人手が足りないということで招集されていて、途中から合流する予定だった。




「なー朱ちゃん。名前いつ来んの?」

「そういえばそろそろ着く予定の時間だ。わたし入口まで迎えに行ってくるから、2人とも先に入っててください」

「マジ?なら、オレが行ってくるよ」

「え、でも…」

「…後から、執行官が一人で歩き回ってたって文句つけられても面倒くさいだろ」

「えー、コウちゃんのケチ」


あくまで自分ひとりで名前を迎えに行きたいらしい縢が、口を開いた狡噛に不満そうな顔を向けた。常守はどうしたものかと困った顔をして縢を見ている。
狡噛は2人の様子を見て、小さくため息をついた。


「んなに行きたいなら3人で行けばいいだろ」

「え、いいんですか?狡噛さん」

「嫌なのはむしろ縢だろ?名前と2人きりになりたかったんだもんな」

「いやいやいや、もうそんなの気にする仲でもねえっつの」

「…そういえばこの前、名前と2人きりでゆっくりしちまったな」

「は!?…何したの?」

「ちょっと、手合わせをな」

「んだよ、またスパーリングかよ。オレも誘ってくれればいいのに」

「お前は勤務中だったんだよ、バカ」

「2人とも静かに!名前さん着いちゃいますよ。わたし先に行きますからね」

「うわっ、朱ちゃん待ってよー!」


騒ぎ出した2人を見て、常守は歩みを早めながら言った。縢も小走りになって彼女を追いかける。狡噛は急ぐことはせず、代わりにゆるやかに笑った。






「名前!!!」

「あ、秀星」

玄関に名前の姿を認めるや否や、縢は叫んで走り出した。常守も小走りで玄関に向かうと、なにやら名前が縢をぽこぽこ殴っているところだった。地味に痛いのか、縢は必死に逃れようとしている。


「何してんですか、2人とも」

「あ、朱ちゃん!」

「名前さん、お疲れさまです」

「聞いてよ、縢がさぁ…」


いつものグリーンのコートを身につけている名前が、疲れのにじみ出た笑顔を見せる。ふと、常守の後ろを見て声をあげた。


「あれ、コウもお迎え来てくれたの?」

「もうコウちゃんがみんなで行こうってうるさくてさぁ!っいて!」


さも迷惑そうに言う縢の頭に、歩み寄ってきた狡噛の拳が落とされる。それを見て、常守は思わず吹き出した。


「ほらもう、食堂行きますよ!」

「朱ちゃん今笑ったっしょ…オレ見てたからね…」

「秀星、いーかげんうるさい」

「名前こそ、さっきから何!そんなツンツンしないでもいーじゃん!」

「名前、疲れてるだろ。縢の相手は常守に任せろ」

「うわっコウちゃんまで!」

「よし、あとはよろしく朱ちゃん」

「うるさいのもいなくなるし、俺達はゆっくり行こうぜ」

「コウ、だっこして、だっこ。疲れて歩けない」

「お前筋肉バカだからな…縢より重いんじゃないのか?」

「ふん…痛い目見ないとわかんないみたいだね、コウは」

「コウちゃん、名前だって一応女の子なんだし、それはねーわ…」

「一応ってなに!!!」

「ふふっ、ほらっ縢くん!行くよ!」




常守が縢を引っ張って走り出し、狡噛と名前は笑いながらそれを追いかけた。









***



会議室で今後の方針を話し合った後、宜野座は本部へと向かってしまった。

常守は宜野座の車を見送って、一人ため息をついた。


「ほんとに行っちゃいましたね、宜野座さん…」

「で?どうするの、朱ちゃん」


困ったような表情を浮かべている常守に、縢が声をかけた。他の執行官たちも常守を見つめている。常守は、意を決して口を開いた。


「狡噛さんの考えた方法でやってみましょう」


不安げだが力強いその言葉に執行官たちは頷くと、さっそく護送車に向かい準備を始めた。
ふと狡噛が振り返り、準備に取り掛かろうとしている名前を呼び止める。


「名前、」

「ん?」

「お前、相当疲れた顔してるぞ。人手は足りてるから休んどけ」

「でも、せっかく来たし…」

「いいから、ほら」


そう言いながら狡噛は名前の背を押し、護送車の入口から伸びるスロープに座らせた。


「ここに座ってろ」

「はいはい。無茶しないでね」

「ああ、わかってるよ」


笑って頷いた狡噛は、通信ケーブルの用意をするためその場を離れた。

ふう、と名前がため息をつく。
そのすぐそばでは、縢と六合塚が作業をしていた。
名前はしばらく黙って足をぶらぶらさせていたが、退屈を感じたのかおもむろに2人に話しかけた。


「ギノ先生、すねちゃったね」

「いつものことっしょ?」

「そうだけど…ギノ先生ももうちょっと素直になればいいのに」

「いや、オレは素直なギノさんなんて見たくない!!絶対キモい」

「縢、手が止まってる」

「うわ!いってーよくにっち!」



穏やかでひねくれていない宜野座を想像したのか大声を出した縢の頭を、間髪入れずに六合塚がはたく。縢が悲痛な声を上げるが、六合塚はそれを無視して笑っている名前に話しかけた。


「名前、二係持ちの事件はどうだったの?」

「それがさぁ、聞いてよ弥生。最初はすぐ終わりそうだったのに、指揮がひどいもんで大捕物になっちゃって…」

「随分と時間がかかったみたいね、朝から行っていたのに」

「ていうか、もうちょっと穏便に済ませればあんなことにならなかったのに…二係の監視官がさぁ」

「ああ、例の?」

「そ!あの変態ジジイ…」

「お疲れ。今日はわたし達に任せて休んでていいわよ」

「弥生は優しいなぁ、もう。秀星のバカと違って」

「お前に言われたかねーよ、この筋肉バカ」

「それまだ言うか。わたし超スレンダーなんですけど?ボコボコにしてあげようか?」

「は、お前オレの成長ぶりを知らないね?最近コウちゃんと何回スパーリングしたことか…」

「ふん。わたしが今まで何回コウをボコボコにしたか知らないみたいね」

「うわぁ、引くわ…ゴリラかよ…」

「ぶっ飛ばすぞ」

「…そろそろ突入みたいね。ほら騒いでないで、行くわよ縢」

「へーへー。名前はとっつぁんと留守番してろよ」

「わかってますよーだ。気を付けてね、弥生」

「ええ、名前もゆっくり休んでいなさいね」

「うわっ、またそうやって2人して…」


さっさと歩いていってしまう六合塚と不満そうな顔でそれを追いかける縢を見送った名前は、疲れで重い腰を上げると征陸のもとへ向かった。


「とーもーみーさん、」

「おう、お前さんも居残りか?」

「うん。後はみんなに任せて、ゆっくりさせてもらいましょ」

「そうだな、」



名前は征陸の隣に腰を下ろした。征陸は名前を見て穏やかに笑う。その笑顔が安心させたのか、疲れが今になって出てきたのか、とにかく名前は気が緩むのを感じた。 ふわりと浮遊感と眠気につつまれていく。


「おい、さすがに寝るなよ。コウあたりにどやされるぞ」

「んむ…だいじょーぶ」

「お、見ろ。星が出てるぞ」

「星…?」


閉じそうになっていた目をこすりながら名前が空を見上げると、そこには星空が広がっていた。ビルの立ち並ぶ都会ではなかなか見られないものである。



「わあ…!」

「どうだ、起きたか?」

「えへへ、うん。勤務中なのにごめんなさい」

「ま、お前さんはここのところ出ずっぱりだからな。というかなんだ、こういうときは酒がほしいねぇ」

「うわ、星見酒とかしてみたい…」

「ははっ、ったく。俺らに影響されて、すっかり嗜むようになっちまったな」


征陸は空を見上げたまま、昔を懐かしむように目を細めた。


「ねえ、智己さん」

「…なんだ」

「わたし、今回の犯人にはちょっと共感できるの」

「…」

「復讐したいっていう気持ち、」

「…ああ」

「この世界は、理不尽だから」


その言葉に、征陸の頭にふっと思い浮かんだのは、もうずっと昔の光景。幸せな日々の、記憶だった。


「俺も、そう思う」







そのまま2人は黙って星を眺めていた。


最後に星を見たのはいつだっただろう、ふと名前は思った。
執行官の宿舎には窓がないし、そもそも街中ではほとんど星は見えない。
もしかしたら、長い間星なんて見ていなかったかもしれない。理不尽だと感じる世界も、うつくしいのだ。名前は目を閉じた。






「名前ー!とっつぁーん!」


ふいに遠くの方から聞こえた縢らしき声に2人が振り返ると、いくつかの人影が見えた。


「お、どうやら終わったみたいだな」

「あー、やっと帰れる…」

「名前、」

「?」

「今日は疲れてるだろうから、明日の晩にでも飲まないか?」


星は見れなくとも、縢のおつまみはあるぞ。そう言って優しく笑う征陸に、名前は満面の笑みで頷いた。






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