昨晩宿直だった名前は1度オフィスに戻ってから、これから勤務である3人と別れた。もちろんフォンダンショコラはしっかり堪能した後である。
名前は刑事課フロアの通路を歩きながら、手にしている血のついたスーツの上着を見た。
突入の前にギノ先生にコートを預けておいてよかった、もし汚したらあの人に呪われるかも。あ、でも呪われたら、わたしの所に来てくれるかな。
そこまで考えて、名前は自嘲した。もう”あの人”のことを考えても、涙は出なくなっていた。
頭をぶんぶんと振って、気分転換に飲み物でも買おうと、名前は自動販売機のある休憩室へと向かう。
着いてみると、そこには今日は非番である先客がいた。
「コウ、」
「血のにおいがすると思ったら、名前か。随分早かったな」
「ごめんごめん、そのままこっち来たから。早いのはわたしと秀星のがんばりのおかげかな、」
狡噛は、血まみれの上着を抱えている名前を一瞥すると、ゆっくり立ち上がった。そのまま名前の頭にポン、と手を置く。
「ま、おつかれ。なに飲む?」
「…カフェオレ」
「だと思った」
そう言って狡噛は笑った。
ピッという電子音と、ガタンと物が落ちる音が響く。
突然冷たい物体が頬に触れ、名前は小さく声をあげた。
「ひゃっ、びっくりした、もう…」
「いや、悪い。まだ気張ってるように見えたんでな」
「…うん、ありがとう」
「なあ」
「ん?」
「今日はもう上がりなんだろ?」
「そうだけど…」
「久しぶりに、相手しろよ」
「…しょうがないな、」
そう言って立ち上がった名前の顔は、いかにも楽しみだというように笑っていた。
「っ…ふっ!」
「っと!!」
狡噛がギリギリのところで名前の蹴りを避け、そのまま後ろに下がる。
逃がさないとでも言うように名前は狡噛との距離を詰め、間髪入れずに胸に掌底を叩き込む。狡噛は一瞬息がつまるのを感じたが、即座に名前に足払いを仕掛ける。
身体を右に傾けるように体勢を崩した名前の腹部に、狡噛は続けて前蹴りを叩き込もうとする。
名前は右手をついて両足を素早く持ち上げ、蹴りをくり出そうとしている狡噛の身体を挟み込んだ。
「うおっ!」
「よいっ…しょ!!」
そのまま名前は上半身を腕の力で持ち上げ、後ろに倒れた狡噛の上に馬乗りになった。
「…はぁっ、わたしの勝ち!」
「ふう…久々にやったが、強くなったか?名前」
「そんなことないよ。実戦ばっかでろくにトレーニングもしてないし」
「ま、実戦が1番ためになるからな…早く降りろよ」
「だって、いい眺めなんだもん」
「ったく…」
にやっと笑う名前。狡噛は息を整えつつ、変わってないなと苦笑した。
「それとも、コウが弱くなった?」
名前がそう言うと、今度の狡噛はショックを受けたように少し固まる。
「おい…ほんとにそう思うか?」
「うーん…朱ちゃんが来て丸くなったとか?」
名前が冗談めかして言うと、急に狡噛は黙ってしまった。
「…コウ?」
「そうかもな、」
「え?」
「常守はいい監視官だ。でも、俺はダメなんだ…このままじゃ」
狡噛の顔が険しくなる。拳を血が出るくらいに握り締めていた。名前は慌ててその拳を両の手のひらで包む。
「あんまり、思いつめないで。光留くんは…」
「…ああ、わかってる。心配すんな」
不安そうに自分を見つめてくる名前に狡噛は笑いかけて、名前の頭を掻き撫でた。
title:へそ
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