建物の裏口には、ドア付近に見張りが一人いた。
塀の外側に身を隠している縢と名前は、小声で話し合う。
「音で中の連中に気付かれるかもしれないから、ドミネーターは使えねえな」
「と、なると…」
「こういうのは名前の十八番だねぇこれは」
「…えっと、中に連絡されないうちに一瞬で仕留めなきゃ、だよね?」
「んー、派手にやりすぎると中に気付かれるね」
「あっそっか。ええっと、地味に、一撃で、」
「はは、名前の頭がこんなに頑張ってるなんて珍しいったらねーよ。フォンダンショコラさまさまだな」
「うるさい、人を食い意地張ってるみたいに言わないでくださーい」
「じ、じ、つ。あ、シビュラのご神託まだだから、殺しちゃダメだかんね?」
「わかってるって。秀星、一瞬だけでいいから見張りの気を引ける?」
「了解、しくじんなよ!」
名前が頷いて音を立てないように移動し、塀の入口付近に立つ。それを見届けた縢は、塀の中の男と少し距離がある辺りに小石を投げ入れた。
ジャリッと音をたてて小石が落ちた。見張りの男は「ん?」とつぶやいて音がした方を見やる。次の瞬間だった。
「うっ…りゃ!!」
塀の入口から勢い良く走り出し、そのまま地面を蹴って跳んだ名前の膝が、男の横っ面にめり込んだ。音もなく男は地面に崩れ落ちる。
縢が塀の外から駆け寄ってきて、にやにやしつつも声を潜めて名前に話しかけた。
「さすが、人には必ず一つ特技がって言うからねぇ」
「うっさい。ほら、早く行こ」
2人はそうっと裏口のドアを開けた。
「刑事ども、要求のものを運ぶから10分待てって。どうします、山代さん」
「…10分待とう。それで要求が通ったら計画通り脱出、ダメならこちらから動くぞ」
「了解」
縢と名前は、壁に背を付け部屋の中の会話に聞き耳を立てていた。中央管制室。工場の中心となる部屋に、犯人たちはいた。
宜野座たちは、先程名前が指示した通りに犯人たちに伝えたらしかった。あと10分あれば、縢と名前は充分だと踏んでいた。もちろん、犯人たちが中央管制室にいることも宜野座たちに伝達済みである。
縢と名前は身を寄せると、お互いの耳元で交互に話し始めた。もちろん見つからないように最新の注意を払って、ほぼ聞こえないような小声で、だ。
「気配、話し声からするに人数は4人。左に2人、右に1人、真ん中に1人と人質。たぶん真ん中が山代っていうボスだね」
「人質のこと考えるといきなりドミネーターぶっぱなすわけにも行かないけどさぁ、どうする?」
「ま、なんとかなるでしょ。秀星も1人くらい何とかしてよね」
「なめんなっつの。で、人質とボスは?」
「…さっきみたいに、一瞬注意を引いてくれる?それでたぶん、なんとかできる」
「テキトーだねぇ、相変わらず。んじゃ、俺が合図を出したら突入、いい?」
「了解、縢執行官」
「しくじんなよ、名前執行官!」
「それさっきも言ってた!」
名前が抗議の声をあげると縢は意地悪く笑うが、その笑顔は一瞬で消えた。真剣な表情で反対側、ドアの右側に音を立てずに移動した。
「外はどうだ?」
「さっきの刑事どもはまだいますよ。たまに呼びかけてきてますけど」
2人はドミネーターを構え、視線を絡ませる。お互いに頷くと、縢が手で合図をした。
2人が動いたのは、ほぼ同時だった。
「「公安局だ!!」」
言うが早いか、名前は振りかぶってドミネーターを左側の男の1人に投げつけた。眉間にドミネーターが直撃した男は、一瞬でその場にくずおれる。もう一人の男は一瞬ひるんだが、すぐに名前に向けて持っていた銃で発砲した。
名前はそれを身体を右に傾け紙一重で避けると、そのまま腰を低くし右足を軸として、流れるような動作で男に回し蹴りを叩き込む。男は壁まで吹っ飛んだ。
縢は部屋に入るやいなや、右側にいた男に向かって走り出した。名前のほうに気を取られた男は慌てて縢に銃を向けるが、引き金に指をかける前に縢の拳が男の顎に炸裂した。
名前と縢はすぐに中心の男と人質の少女を振り返る。山代と呼ばれていた男はあまり慌てることなく、ふ、と軽く笑った。
「さ、どうする?人質と心中することだってできるぞ」
ドミネーターを構える縢とその傍に立つ名前に向けて山代は言い放つと、人質の少女の頭に銃を押し付けた。少女の目にみるみる涙がたまる。
「わかったら銃を置け」
縢は困ったように笑って、言われたとおりにドミネーターを足元に置き両手を上げる。名前もそれに倣った。
「お前らは、シビュラによって成り立つこの世界がどんなにおかしいかわかってないのか?自由な新しい世界を作ることこそが、本当に人々が幸せになると思わないか?なあ若い刑事さんたち」
「ま、一理あるけど」
名前はそう言うと、そっと縢に目配せする。
それを見た縢は、熱弁していた山代が気付くのより速く、ジャケットのポケットに隠し持っていた銃―さっき縢が殴り飛ばした男が持っていた銃だ―を山代に向かって投げつけた。
山代と少女がそれをなんとか避ける。その隙に、名前が目にも止まらぬ速さで山代との間合いを詰め銃を蹴り飛ばした。そのまま名前は少女を抱え込んで横に転がり、山代と距離をとる。ドミネーターを拾い上げた縢がそれを見て、ヒュウと口笛を吹いた。
「クソ…!」
山代はポケットから別の銃を取り出し名前に向けるが、それより縢のドミネーターのほうが速かった。
「犯罪係数、327。執行モード、リーサル、エリミネーター。慎重に照準を定め、対象を排除してください」
「ご愁傷…様っ!」
山代は縢が放った光に包まれ、次の瞬間粉々に砕け散った。その血が、名前と少女にも降り注ぐ。
「相変わらずやるねぇ、名前。その子生きてる?」
「無傷無傷、気失ってるだけ…だよね?死んでないよね、これ」
「…は?」
「…大丈夫、ちゃんと脈ある」
「ビビらせんなよ!!ったく…」
「いやビビったのはこっちだし…」
縢に悪びれず返すと、名前は血だらけのデバイスを顔の前まで持ってきた。宜野座に通信をするためだ。
「こちらハウンドfive、執行完了。人質もショックで気絶してるけど、一応無傷。確保した下っ端たち運ぶんで、ドローンお願いしまーす」
「了解した。ご苦労」
名前が手を下ろし、ほっと息をついた。
「よし、早く帰ろ!愛しのフォンダンショコラちゃんがわたしたちのこと待ってる!」
「冷めちゃってるだろうから、あっため直さなきゃだねぇ」
名前が待ちきれないというように頬を緩ませた。縢も意識のない人質を抱え上げると、名前と同じように笑う。
2人は並んで、宜野座と征陸の元へと歩き出した。
「ね、秀星」
「ん?」
「…この世界がどんなにおかしいか、一番わかってるのは自分だ、って思ったことない?」
「…あるよ、そりゃ」
縢は、静かに笑った。名前はそれを見て、ゆっくり目を伏せた。
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