「つまり…」
護送車の中。沈黙を破ったのは、名前だった。
「偽タリスマンは、タリスマンになるのが目的で人を殺したってこと?」
「金銭、私怨…ほかの動機がはっきりしていないから、その可能性が高いわね」
「すごい執着…まあ、わからなくもないけどさぁ」
「おやおや物騒だねぇ、名前執行官」
「やだなぁ。わたし達は今更でしょ」
「ま、そうだけど」
茶化すように言った縢に、名前は自嘲気味に答える。
善良な市民を撃つ気は名前にもない。けれど、自分が目的のためには手段を選ばない人間だということは理解していた。きっと、それありきの犯罪係数だということも。
「着いたわよ」
護送車の扉が開き、3人が立ち上がる。ふと六合塚が、名前を見て微かに笑った。
「今日は忘れなかったのね、コート」
「さすがにね…学習するよわたしも」
「よく言うよ」
「秀星うっさい」
他愛もない話を続けながら護送車のスロープを降りると、宜野座が不機嫌そうに立っていた。爪先がカツカツと地面を叩いている。
「ギノさん機嫌悪いなぁ…」
「さっきのコウちゃんとのあれはね…」
「…聞こえてるぞ、縢と苗字」
「へいへい」
「ごめんなさーい…」
「…逆探では、犯人はここからタリスマンのアバターを操作していた」
4人は、目の前にそびえ立つ古びたマンションを見上げる。
さびれたその建物は人気も少なく、あまり整備されているようには見えなかった。
行くぞ。宜野座の声に、3人もドミネーターを手に取り歩き出した。
マンションの外に続いている階段を上がり、ある部屋の前で宜野座の歩みが止まる。
「この部屋だ」
ドローンが部屋をスキャンするが、宜野座のデバイスに浮かぶのは「室内スキャン不可」の文字。縢がにやりと笑った。
「いかにも怪しいっすねぇ」
「用心しろ。入るぞ」
宜野座の声でドローンが扉を破壊する。縢、六合塚、名前、宜野座の順にドミネーターを構えながら駆け込み各々部屋を捜索し始めた、次の瞬間。
「やっべえええ!!!!」
小さな電子音のあと、縢の叫び声が部屋に響いた。名前が部屋から顔を出し声のした方を伺うと、縢と六合塚が先を争って走ってくる。
名前の身体も、ほぼ反射的に動いていた。部屋の中に視線を戻し、近くにいた宜野座の腕を掴む。
「苗字…!?」
「ギノせんせっ、早くっ…!!」
爆発音が轟く。4人がいた部屋から爆風にのって白煙が飛び出した。
寸でのところで部屋から飛び出した縢と六合塚が、ゆっくりと身体を起こす。
「げほっ、げほっ!!」
「あっちゃあ〜…って、名前?ギノさん…?」
姿の見えない2人を探すため縢が辺りを見渡すと、部屋の入口にほど近いところでもぞもぞと動く人影がある。
縢と六合塚はほっとため息をつき、人影に近寄る。
「2人ともだいじょ…ぶ…」
「名前!?」
煙の向こうでは、名前が宜野座に覆い被さるようにして倒れていた。その背中は、熱風と衝撃のせいでぐちゃぐちゃになっている。そう、ぐちゃぐちゃとしか表現できないほどに。
「おい、名前!!しっかりしろ!!」
「出血もひどい…今ドローンを呼ぶわ!」
「しゅ…せい…?」
「名前!!とりあえず意識保っとけ!!」
「ん…ギノせんせ、は?」
「大丈夫だから...今は自分のことだけ考えとけ!!」
名前は小さく呻き身体を動かそうとするが、当然できるはずもなく地面に逆戻りする。
苦しいのか、名前の目から涙がつたった。
吐き出す息は荒く、目も虚ろだ。
「しゅ、せい…?」
縢は思わず名前の手を取っていた。
ついこの間見た、名前の泣き顔がフラッシュバックする。瀕死の今でも、名前は彼のことを考えているのだろうか。
「しにたく、な…」
「名前…オレはここにいるから、名前…!」
名前の絞り出すような声に、その白い手を力いっぱい握る。
彼じゃない、今名前の隣にいるのは自分だ。そう知らせるように。
名前は、苦しそうに縢の名前を紡いだ。
「しゅう、せ…」
「うん、ここにいるから、名前、」
縢は、ドローンが到着するまでずっと名前の手を握り続けた。
***
名前が目を覚ましたのは、事件が収束した後だった。
「ん…」
「…名前?」
「…秀星、」
真っ白な病室。名前が横たわっているベッドのすぐそばには、縢が座っていた。
「よかった、名前…」
名前の意識が戻ったのに気がつき、縢が優しく名前の手を取った。その顔は今にも泣き出しそうである。
「なんて顔してんの、」
「だって、ひどいケガだったし…名前、3日も意識なかったんだぜ?」
「…ごめん、心配かけて。ギノ先生は?」
「名前のおかげで軽傷。事件も解決したよ、コウちゃんの華麗な推理で」
「そっか…」
名前が小さく微笑んで見せれば、縢もつられたように笑った。
「ギノさん、かなりショック受けてた」
「何それ、珍しい」
「これで名前が死んじゃってたら、ギノさんも潜在犯になっちゃってたかもよ?」
「縁起でもないこと言わないでよ」
「…あとね、先生が、背中の傷残るって」
「...大したことじゃないよ、秀星ってば」
自分のことでもないのに、沈んだ顔をした縢に名前は苦笑いをこぼす。
「でも、無理するのはもうダメだからね?」
「でもさ、例えば朱ちゃんが爆発に巻き込まれそうだったら縢だって庇うでしょ?」
縢が首をすくめて、大した忠犬ぶりだよ、とつぶやいた。
名前は無言で首を振る。あのときは無意識に身体が動いたし、猟犬の自分が飼い主の盾になることは義務のような気もしていた。縢でも、自分と同じことをするのではないか。
「でもさ…」
「ん?」
「オレ、名前が死ぬのはイヤだ」
「うん…」
「だから、もう無理はしないで」
縢の真剣な目に、名前は思わず頷いた。
縢にとってここは大切な居場所で、名前もそれを構成する一人だ。名前も、それは嫌と言うほどわかっていた。
「先生呼んでくるから、大人しく待ってて」
「…秀星」
椅子から立ち上がってベッドに背を向けた縢に、名前が後ろから声をかける。縢がドアノブに手をかけながら振り向いた。
「ん?」
「…早く、戻ってきて」
縢は返事をする代わりに、にっと笑った。
141013