「ねぇ、志恩」
「はぁい?」
「つまり、どういうことな訳?」
総合分析室で常守と宜野座がアバターを操作しタリスマンのコミュフィールドを訪れているとき、名前もまた総合分析室にいた。
パソコンにかじりついている唐之杜の後ろで、ソファに座っている名前は身体を前のめりにさせながら唐之杜に問いかける。
「つまり…誰かが、殺された人間のアバターを操って殺された人間のコミュフィールドを運営してる、ってこと。事件のにおいがするでしょ?」
「ゆ、ゆうれい?」
「さぁね。誰かが成り代わっているのかもねぇ」
「ふーん…なんかよくわかんないけど…あ、弥生おかえり」
ガチャリ。六合塚が、缶コーヒーを5つ抱えながら総合分析室へと入ってくる。名前は彼女を手伝うために立ち上がった。
「こっち、監視官の分?」
「そう、ありがとう」
「あなたたち、今日は非番なの?」
「そお。ていうか、わたしお邪魔?」
「別にいいわよ、ねぇ弥生」
「…名前も混ざる?」
「いや、そこまで飢えてないから…」
「そうねぇ、シュウくんがいるもんねぇ」
「人聞きが悪い。秀星とは、そ、そんなにしてないもん」
「とはぁ?じゃあ、慎也くんかしらね」
「あまり名前をいじめないであげて、志恩」
「うう…弥生…」
女3人が集まっているというのに、下世話な会話だ。名前がそうつぶやいて項垂れる。
宜野座と常守に聞こえないことが、名前にとっては不幸中の幸いだった。
縢とのものはともかく、狡噛とはお互いをお互いの身体で慰めあっていた、というほうが正しいのだろう。
昔の話だ。名前は標本事件直後の自分と狡噛を思い出した。あの頃は2人とも、荒れに荒れていた。
名前も、親しい相手とのそれは嫌いではなかった。
けれどもそういう行為のことを考えると、どうしても幼い日のことを思い出してしまう。
高級なベッドに家具、1人用には広すぎる部屋。夜になるとやってくる、男。
行為は、快楽だけのものではなかった。
トラウマだったそれがほんとうは愛情に溢れたあたたかいものだと名前が知ったのは、一係に来て佐々山に出会ってからだった。
「終わったみたいよ」
六合塚の声に我に帰った名前が視線を上げれば、例のアバターとの接触を終えたのか宜野座と常守がなにやら話始めていた。
「どうだった?」
「それが...」
***
六本木のクラブ、エグゾゼ。
その入口のすぐそばに、宜野座、六合塚、縢、名前はいた。
「オフ会?だっけ?」
「そう。普段アバターを介して仲良しこよししてる奴らが、自分のアバターのホロコスを被ってリアルで集まるんだとさ」
「ふーん...」
「まあ、この辺りは治安も悪くないみたいだから。穏便に済んでくれればいいけれど...」
名前の問いに縢が答えれば、六合塚も付け足すように言った。
名前はきょろきょろと周りを見渡す。確かに六本木は、高層ビルや洒落た店が立ち並ぶ街であった。
監視官である宜野座にも、執行官たちにも縁のない場所である。
しかし、なぜか名前は見覚えのあるような気がしていた。
「なーんかなぁ、気のせいかな...」
「え?」
「うぅん、なんでもない」
「つか名前、寒くねぇの?」
「コートを忘れるなんて、あなた本当にバカよね」
「う、うるさいよ2人とも。慌てて出てきたんだもん」
縢と六合塚に頬を膨らせながら答えた名前は、夜風に身体を震わせる。ワイシャツから覗く白い首筋がどうにも寒々しく、縢がとうとうため息をついて自分の青いコートを脱ぎ出した。
「え、秀星?」
「今回だけね、ったく。うーさみい」
「ありがとう神様仏様秀星様。今度何かおごります」
「言ったな?」
「...おい」
楽しそうに言う縢を振り返り、宜野座は鋭い視線を送る。中はどうなっているかわからないし、徐々に宜野座のイライラが募っていることを執行官3人は感じ取っていた。
「私語はなるべく慎め。それから苗字、次からは時間に余裕を持って行動しろ」
「はぁ〜い...」
「それにしても、中大丈夫ですかね」
「まずあんな人がいるところでドミネーターなんか出したら大騒ぎじゃないんすかね、ギノさん」
「そうだな...縢と苗字、すこし様子を見てこい」
「了解〜」
宜野座の指示に2人が足を向けた、そのときだった。
クラブの中がなにやら騒がしくなり、それからわらわらと人が溢れてくる。その全員が、タリスマンのホロコスを被っていた。
「あっちゃ〜...」
「チッ、やられた...!」
「どうします?監視官」
「こうなってはどうしようもないな...ともかく、現時点で犯罪係数が高い奴をこのまま野放しにするわけにもいかない。行くぞ」
「161...137...144...相当やばいよ、これ!」
ドミネーターを構えて名前が叫んだのを皮切りに、4人はクラブから出てくる人々に銃口を向けた。
141011