体が言う事を聞かない。周助の力だろうか。それにあの男の子は誰?あれが周助が言っていた私のナイト?時々目が合うと彼は私のことをいとおしそうに見つめるが私は彼を知らない。一体彼は私の何?全部がはてなだらけでもやもやと頭の中がパンクしそう。 「どうやって俺が獣だって事を知ったんだい?簡単に知れる情報じゃないだろ?」 「全部周くんに聞いた。」 「不二ね…、乾にでも俺のデータをもらったんだ。」 「正解。それですぐに分かったよ、偽装工作だって。」 「私の親までを丸め込むなんてよくやってくれたわ。人としてありえない。そりゃそうよ、あんた人じゃないんだもん。」 その言葉を合図に奈緒ちゃんが指を鳴らすと男の子の足元に細い糸が巻かれた。ぎちぎちと食い込んでジーパンから赤い液体が滲む。それを見てさぞうれしそうに笑う二人。私には何も分からないけどこの3人の関係はなにかおかしい。 「足さえ封じてしまえばこっちのもの…!」 男の子に向かって刃物を振り下ろす奈緒ちゃん。それを見ているだけの周助。寸でのところで交わす男の子。それでも奈緒ちゃんは止まらない。上下左右に刃物を振り回して、殺人鬼のような顔をしてる。殺す事しか考えてない、本能のままに牙をむく。まさに彼女こそ獣のようだ。どうしても交わしきれないものはあり着々とダメージを受けていく。何本か癖のある紺の髪が宙を舞い、それでも片手で包丁を止めた。 「奈緒は殺人の肩書きを背負って生きて生きたいわけ?」 「別にかまわない。だって周くんも一緒だもん。」 「それで人、殺してもいいんだ?」 「あんた処分したら周くんと誰も知らないところでひっそりと暮らす、だから安心して死んで頂戴。」 「そう…、でも。」 不二はそんな気さらさらないみたいだよ?その不敵な笑みに激情した奈緒ちゃんはついに男の子の静止していた手を振り切ってわき腹に包丁をねじ込んだ。傷口からはとめどない量の血が溢れ出て止血しようと手を伸ばした彼の手の手の甲を更に突き刺した。小さな唸り声をあげて後ろに、しりもちを着くように倒れたところに詰め寄り心臓に包丁の先を当てる。 「周くんに謝れ…!周くんが私を見捨てるはずない!一緒にあんたに復讐しようっておねえちゃんに誓った!」 「騙されてるって気づかないのかい?」 「命乞いでもするかと思ったらいまさらそんな事を。私たちを分断しようと思ったって無駄だから。」 シャツを軽く切り皮膚に直接奈緒ちゃんが包丁を当てた。それを一瞥し男の子は今日始めての笑みを見せる。 「命乞いなんてするわけないよ、俺殺される気ないし。」 「これ刺さったら死ぬって事分からないの?」 「違うよ。奈緒は刺せないよ。いや、刺させない。」 「は?」 「全部これは不二が奈緒に、俺を殺すように仕組んだ事で不二は本当に君を連れて逃げる気なんてないよ、俺を奈緒が殺した瞬間橙梨の記憶を戻して奈緒を単独犯に見せて自分は何もなかったように生きていくだろうからね。その証拠に不二は俺についての情報を教えただけ、計画を考えたといってもそれを見た人はいない、俺側の橙梨がここで見た事を証言すれば奈緒だけが手を下した犯人に見えるだろ?そういうことだよね、不二。」 周助は彼の言葉に俯き笑った。小さかった声も次第に大きくなっていってそれに驚いた奈緒ちゃんや私まで周助の方を向いた。その隙を見て彼も包丁を奪い遠くへ飛ばした。 「ふふ、ほんとに君は頭がいいね。最高だよ。奈緒、ご苦労様。惜しいなぁ、後ちょっとだったのにね。…役立たず。」 「え…?」 「僕は奈緒なんてどうでもいいんだよ、志保がいればそれで。それに面白かったなぁ。"事故死じゃない、幸村が原因かもしれない"この言葉だけで信じちゃってさ。志保は自殺だったのに。あ、そろそろ乾の薬が切れる事だし橙梨さんの記憶も戻るんじゃないかな。」 私の動かなかった体に力が戻って立っていられなくなり地面に座り込んだ。境に失った記憶がつながって戻ってくる。彼との出会い、喧嘩、表情、そして名前。 『精市くん!』 「…記憶、戻ったんだね。」 血みどろの精市くんに飛び込んでいった。彼がダメージを受けていようが関係ない。この前背中に突き刺さったときもしばらくしたら復活したし、今回もきっと大丈夫。それに柳くんも近くにいるだろう。彼一人で来るなんて考えられない。血がつくと言って離したがるがかまわず抱きついてやった。してやったり。そんな中奈緒ちゃんが頭を抱え髪を引っ張りながら呟いた。 「自殺…?なんでそんな事…、うそだよね、周くん。それに役立たずって。」 「そのままの意味だよ、幸村は志保が死んだのにまったく関係ない。志保はいじめに耐え切れずに死んだんだ。役立たずもね、てっきり激情した奈緒が幸村を刺すと思ったのに残念だなぁって。」 「なんで…?お姉ちゃんいつも笑ってたのに、そんな、いじめなんて私…!じゃあ何でお母さんもお父さんも事故死なんて。」 「奈緒のためだよ、言われたんだ君の両親に。志保が自殺なんて知ったら悲しむからって、大人になったら言うつもりだったんだよ。」 「そんな、私は、」 真実は残酷なものなのです |