幸村side

橙梨が帰って来ない。今まで1度だってこんなことはなかった、少なくとも俺がここに来てからは。友達の家に泊まるといえば俺はそんなに心配はしないのに。男だったら話は別だが橙梨を連れ込みそうな仁王や芥川にはとりあえず確認はした。いない、と言ったのは俺が聞く限り嘘を吐いているとは思えなかった。

だとしたら彼女はどこにいる。初対面の奴にホイホイ着いて行くほど馬鹿じゃないはず。匂いもなかった。俺が不在中部屋を荒らされて連れ去られたなんてこともない。まさに神隠しのようだ。このままじゃ埒が明かないから柳達にも訳を話そう。そう思い携帯を開くと不在着信が。橙梨かもしれないと慌てて確認するも違っていた。

「奈緒から…。」

もしかして、奈緒が。俺の頭によぎるのは奈緒が橙梨を連れ去ったのではないかということ。"あの事"でしばらく会ってなかった奈緒が最近になって接触をしてくるのは確かに不自然ではあるが、動機はない。やはり橙梨を狙う第三者の目的なのか、謎は深まるばかりだ。でも俺の中の奈緒への疑いは晴れてはいない。冷静になってからかけ直した。

「奈緒、さっきは何の用だった?ごめん、忙しくて気付かなかった。」
「会えないかなと思って。」
「今忙しいんだ。」
「今日はお姉ちゃんの命日なのに。」

そうか、今日は彼女の。橙梨ごめん、君の事は一端柳に任せる。俺は奈緒を優先させなければならない用事が出来てしまった。

「急いで花を持って家に行くよ。」
「うん、」

ツーツー、と無機質な音が俺だけしかいない部屋に響いた。それからすぐに柳にかける。察しのいい奴は楽だ、簡単に思っている事が伝わる。珍しく動揺はしていたが奈緒については何も言ってこなかった。

言った通りにすぐ家を出て花屋で花を買い奈緒の家へ向かった。家の前でもう奈緒は立っていて準備が出来ているようだった。慣れた道程を歩く。…"志保"のお墓参りは何度目になるのかな。何度行ったって俺の足取りはすごく重い。彼女が死んだのは俺のせいでもあるから、そして俺自身が死の恐怖を一番知っている人間だったからだ。そんな俺を見て奈緒は話しかけて来た。

「行くの辛いですか?」
「あぁ、まだ受け止めきれない部分もあるよ。」
「その割には新しい彼女さんと仲良くやってるじゃないですか。」
「だから彼女じゃないよ。」

奈緒の言葉には橙梨に対しての棘がある。いっそ思い切って聞いてみたらいい、橙梨を知らないかと。でも知っていたとして素直に話さないだろう。嫌いなのは滲み出ているし。俺は一体どうすればいいんだ。


哀れな俺に神よ力を




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