その後柳くん達が精市くんの連絡を受けて飛び込んできた。無言で手当てしていたのは彼なりの奈緒ちゃんへの気遣いなんだと思う。慈郎や仁王くんは抱きついて大丈夫か大丈夫かと何回も言われたし丸井くんには困ったような笑顔で見られる。精市くんはただ一人奈緒ちゃんを見つめていた。そして奈緒ちゃんに近づきやさしく背中をなでた。

「私、どうしたらいいの…、だって精市くん刺して、殺そうとして、」
「奈緒、俺は大丈夫だから落ち着いて。」
「もう生きてる価値ないよ、私も死にたい。」

虚ろな目をしてどこか虚空を見つめてしまっている彼女にかける言葉など誰も見つけられなかった。不二くんは厄介ごとはごめんだと言うように見下している。ただ、精市くんだけが彼女と向き合おうとしていた。二人にとってはいいかもしれない。私にとっては二人の弱った姿さえも嫉妬の感情で黒く染まって見えるのだ。

「がんばろう、俺が奈緒を支えるから、ね、もう一度やり直そう。」
「無理だよ。」
「お姉さんにそうやってずっと縋っていくのかい?俺に対する罪の気持ちがあるのなら、手を取るべきだと思う。」
「私、がんばれるかな。」
「大丈夫、だから安心して。」

糸が切れたかのように奈緒ちゃんの瞳からは涙が零れ落ちた。



 私達は各々帰宅し今はすっかり真夜中である。久しぶりの我が家は汚かった。シンクには食器が何層も重なっていて洗濯物も洗濯機から溢れ出ていた。精市くんは料理は出来たが片付けはどうやら出来なかったらしい。それらを全部片付けていたら夜も更けていた。実質私は眠らされていた分もあってそんなに眠気は感じていない。テレビのチャンネルを変えつつ精市くんがお風呂から上がるのをただ待っている。

「橙梨、上がったよ。」
「ん、じゃあ給湯止めるね。」

台所にある給湯ボタンを押しに行こうとすると阻むように腕をつかまれる。

「それから、大事な話があるんだ。」
「…うん。」
「明日俺はここを出て行く。」

いきなりなんで、訳が分からない。目は真剣だから嘘じゃない。本気で言ってるんだ。

『え…?だってやっと二人で平和に暮らせるのに。』
「分かってるよ。でも俺は奈緒を支えてあげないといけない。だからここにはいられないんだ。」
『だってそれは、』
「そうだよ、別に付きっ切りじゃなくたっていい。…あの精神状態から言うとそうも言ってられない。」
『じゃあ契約はどうなるの…?』
「今日でお終いだよ。」


愛してる、橙梨。
触れ合ったキスは一瞬で溶けて散ってゆく。ああ、これが最後のキス。根強く残っていた噛み跡が消えていくのを防ごうと必死に足掻くけど止められない。涙も止まらない。なんで上手くいかないのかな。奈緒ちゃんのせいだとか、そんなことは微塵も思わなくて。彼の決断はきっと正しい、いつだって正しかった。舌を絡め合って溶けてそれでもう全部忘れられたらいいのに。

「いつか君が俺をまだ覚えていたらそのときまた会いに行く。それまで、」


サヨナラ

朝起きたときに隣の温もりはなくて私は枕を抱きしめて泣いたのだった。



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