ー3ヶ月前の出来事

「私もう耐え切れないの。」
「何を言ってるんだい志保、気持ちは分かるけど死んだら元も子もないだろ。」
「精市くんには分からないよ。」

とある少年と少女は付き合って数ヶ月のカップルだった。しかし少年も少女もお互いを愛してなどいなかった。つまりは建前、そして自分たちの寂しさを埋めるためだけの存在。

「やっぱり私周助じゃないとだめ。」
「仮に告白して付き合ったとしても風当たりがひどくなる事は簡単に想像できる。」
「そんなこと分かってる、でも…。」

彼女、志保は不二周助の幼馴染。彼女が通う高校が立海でも不二のルックスのよさ、テニスでの活躍で人気だった。当然、その矛先は志保に向かう。幼馴染だからといって言い寄って間を取り持ってもらおうという女子が多く群がる。しかし彼女は不二が好きなので全部断ってきた。そうなれば気に食わない、自分ばっかり、そんな顰蹙を買う。そのうち学内の一部の過激なの女子から目の敵にされたのだ。その苦しみを紛らわすために付き合ったのが彼、幸村精市。

「またあんな思いをしたいの?」
「…痛いのは嫌。でも思いを隠したまま精市と付き合うのはもっと苦しい。…一人ぼっちはもっともっと苦しい。」

立海テニス部部長の彼も当然人気はあるが彼の働きによって彼女への危害はおきない。自分の元にいれば安全だと言って彼女と契約を交わしている。これは二人の利点が重ならないと絶対成立しない契約。彼女はいじめからの脱却、彼は血をもらうための食料。しかしこれは周りには知られてはならない。うれしそうに寄り添うふりをして彼女は心の中では嫌悪感に襲われていた。

彼はもう無理、つらい、苦しい、という彼女を見て宥める。そう呟いても彼女に自ら命を絶つなんて勇気があると思わなかったからだ。しかしこの思惑は裏切られる事となる。


ごめんなさい。

そんな手紙を残して街のはずれにある高層ビルから飛び降りたのだ。病院に運ばれたが即死だった。彼は彼女の両親とともに冷たくなった彼女を囲んだ。きれいだった彼女の体は地面にたたきつけられた衝撃によってぐちゃぐちゃになり顔に至っては見るも無残だった。最期に医者が施してくれた手術により原型はとどめているものの皮膚が擦りむけ、頬筋すら見えているところまである。彼女の両親は泣かずにどこか遠くを見つめていた。認めたくないんだろう、こんな姿になったいとしい娘を。俺を恨め。誰かにぶつければ楽になる。

「彼女はいじめられてたんです。学校の女子に。」
「うすうす気がついてたわ。毎日傷だらけだった。でも私たちは何もしてあげられなかった。」
「いえ、俺が悪いんです。助けてあげられなかった…!」
「いいや、君は最後まで志保といてくれただろう。君のせいじゃない、私たちのせいだ。」

初めて、彼女の母親が涙をこぼした。志保、君は一人ぼっちだといったね。君は一人じゃない。悲しんでくれる家族がいる事に気がつかなかったのかい。君が死んでも世界は何一つ変わらない。でも君が死んで悲しむ人がいる事、それを考えると自殺なんてくだらないものだったんだよ。死んだら君が大好きだった不二にも二度と会えやしないのに。彼女の顔に再び白い布をかける。

「幸村くんにお願いがあるの。」
「何ですか?」
「一度家に来たとき妹の奈緒に会ったことがあるでしょう?」
「はい。」
「奈緒ね、志保の事が大好きだったの。それに奈緒は今難しい年頃。志保が自殺だなんて知ったらきっと奈緒まで狂ってしまう。だから奈緒にはね、なにを聞かれても"事故"だったと言ってほしい。…奈緒がすべてを受け止められる年になったら私からちゃんと真実を話そうと思う。その日までどうかお願いしてもいいかしら。」
「…分かりました。その代わり平日ですけど明日の葬式参加させてください。」

両者礼をして俺は霊安室を出た。部屋を出てからどうしようもない虚無感に襲われた。この世界にはもう彼女はいない。脳裏に焼きつく彼女の笑った顔や困った顔、ないている顔すべてがフラッシュバックする。涙を一筋だけこぼした。

あぁ、俺は彼女が好きだったのだ。

涙を拭って俺は妹である奈緒に憎悪を向けられる覚悟を決めた。奈緒は事故なんて偽ったってきっと信じないだろう。志保に一番近かった俺を疑ってくる。そのときが俺の最後になるかもしれない、否、最後にしてやろう。彼女を救えなかった俺の当然の報いだ。


*補足
最初のほうは視点なし、途中から幸村視点
本編が始まる前の3ヶ月ほど前のお話です。前に主人公が柳とカフェで話すシーンに登場した幸村の彼女、志保との関係。



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