数日前柳くんから連絡があった。"仁王がお前と会いたいと言っている。"聞いた時は驚いたし彼はあの日の事を覚えていないはずなのに何故私と会いたいのか不思議に思った。私と仁王くんの2人では危ないかもと考慮して柳くん付き添いのもと。精市くんに知らせるか迷っていたら簡単にバレてしまって拗ねたため待ち合わせの喫茶店に一緒に行くことになって今に至る。

「橙梨ちゃん、久しぶりじゃの。」
『うん、…久しぶり。』
「柳から全部聞いたぜよ。すまんかった。」

仁王くんは額がテーブルに付きそうなぐらい頭を下げた。

「…ちゃんと覚えとらんから俺は曖昧にしか謝れん。ただ言えるのは橙梨ちゃんの事、本気で好きじゃった。」
『うん、…え?』
「橙梨ちゃんがバイトしてた店から出てくるのを何度か見掛けて、一目惚れで。いきなり変な銀髪した男が話しかけたら迷惑じゃろと思ったから同じとこで働いて知りたいって思った。」
『そうだったんだ、でも最近バイト来なくなったのって。』
「辞めた。そんな不純な動機で働いとるやつが給料貰うなんて、まぁ働いとるは働いとるんじゃけど。会わせる顔がなかったしな。」

困ったように笑う彼に対し私はどんな顔をすればいいのか分からない。肝心な話はここからだ。顔が強張っていたのか隣りに並ぶ精市くんの手が伸びて来て膝の上にある私の手をギュッと握ってくれた。少しだけ心が軽くなるのを感じる。


「そんで満月の日、獣化しとった俺は橙梨ちゃんの家へ行って幸村を見て一人で負けたって、悔しくなって柳の薬に手を出したんじゃ。」
「気持ちに負けて薬に手を出すのはどうかと思うよ。」
『ちょっと精市くん!口出さないでって言ったじゃん!』

そう、精市くんとは着いてくる代わりに口を挟まないと約束していたのであった。私の注意を遮るようにしてなおも精市くんは続ける。

「俺に嫉妬してなんて理由にならないから。だったら俺何回橙梨に刃を向けているか。」
「精市…。」
「俺は獣化している時間は傷なんて早く治る。昼も治りは早い。でも心の傷は消えない、一生残るんだ。」

「…分かった、俺もう橙梨ちゃんに近付かん。話したり会ったりもせん。俺を見る度思い出してしまう、せめてもの償いじゃ。」

仁王くんの出した結論に精市くんは黙る。柳くんは何も言わない。この申し出を受け入れれば多分つながりを完全に断ち切る事になるだろう。それだけはどうしても呑む事は出来なかった。彼にも私にもこの事を忘れてはならないと思う。ほんとは今日の話を聞くまでは忘れたくて仕方がなかった。

『自分に好意を持ってくれる人間が遠ざかってしまうのは辛いよ。私きっと後悔する。』
「それじゃ俺はどうしたらいいんじゃ!」
『毎日笑いかけてくれればいい、仁王くんのいいところで埋めてくれればそんな事気にしなくなっちゃうんじゃないかな。』

仁王くんの目から一筋の涙が零れる。ごめん、それからありがとうと。


俺の飼い主は甘過ぎる



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