果物ナイフを伝って血が床に落ちる。首が焼けるように痛い。精市くんが噛むのとは比にもならないほど。

『浮気って私仁王くんと付き合った覚えなんてないんだけど。』
「橙梨ちゃんとはな。顔がそっくりなんよ。」
『顔…?』
「あいつに。」

あいつ。それは多分仁王くんの彼女だった人。それに重ねて私を傷つける事を何とも思わないのか。いや、思っていたら私にナイフなんか向けていないし刺さない。

「なぁ、なんで浮気するん俺じゃダメなん?」
『そんな事分かんないよ。』
「分かるだろ!」

平手が飛んできて私の右頬が痺れる。全く手加減を知らないその手は無意識に出た涙をすくった。仁王くんはもう私を見てない。私を通して彼女を見てる。何を言っても無駄だ。


「その目…、いらんじゃろ。俺以外を見る目。」

不敵に笑い私の左目を人差し指と親指で開かせる。左手に持っていたナイフを私の目にどんどん近付けてきた。

『は…。』
「最初からこうしたらよかった。貰うぜよ、お前さんの目。」
『やめて!私は彼女じゃない!違うから!やめろぉぉぉぉ!』


目とナイフの距離がゼロになろうとした時。チャイムがなった。右目は潤んで涙が流れている。誰か助けて、お願い、精市くん。匂いで分かるんでしょ。

「…出んのも怪しまれるな。適当に追い返すか。」

扉を閉じて部屋から出て行った。もし来たのがただの友人だったらきっと私には気付かない。自力で何とかしないと。枷を外そうともがくも意味がなく手首足首に赤い痕が出来る。この部屋だけ防音材を使っているのか周りの音が聞こえて来ない。私がもし思い切り叫んだら、伝わるだろうか。やらないで後悔するぐらいなら思い切り叫ぼう。限界まで肺に息を吸いこんだ。


『精市くん助けてぇぇぇ!』

最後は掠れつつも自分のもてる最大限の力を使ったつもりだ。息が切れて酸素を吸い込むも恐怖で上手く吸えない。何で精市くんの名前…。ガチャリ。扉が開く音がする。もしかして、誰かが。扉の方に期待を込めて目をやった。




「嬉しそうな顔してどうしたん?あー、誰かが来たって期待した?」
『に、お…。』
「来たのは幸村じゃよ、よかったな。心配しとった、橙梨はどこだーって。」
『何で…。』
「声掠れとる、叫んだんか。残念だったな、無駄無駄。ばっちり防音じゃき。」

さ、続きをしようか。

この言葉が私への死刑宣告。精市くんを責めたって仕方がないけど最後ぐらい言わせてよね。

『餌の面倒ぐらいしっかり見なさいよ!』



「だったら自分こそ俺に対する態度を改めれば?」
「うっわ、仁王こんな奴だったの?軽蔑するCー。」
『何で…。』
「だって呼んだだろ?だったら助けないとね。」

私の目に光が映ったのはきっと一番来て欲しかった人が来てくれたから。




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