仁王くんがおかしい。現在仁王くんの家にお邪魔しているけれど何か異変を感じる。片付いた部屋に不似合いな画鋲がたくさん刺さっていたかのような穴の開いた壁。部屋の壁に見られるガムテープ痕。


「…橙梨ちゃん、心ここにあらずって感じじゃけど大丈夫?」
『ごめん、ちょっとびっくりしただけ。』
「ん?まぁとりあえずお茶淹れたし落ち着いて。」
『ありがとう、いただきます。』

湯気が立つ温かいお茶を前に出されたので一口二口いただいた。

『美味しい。』
「ほんま?なら良かったぜよ、でもな…。」
『な、』

聞き返そうとした瞬間視界が揺れた。座っていられなくて床に倒れ込む。瞼すらも開かなくて薄目で睨み付けるが意識は朦朧として仁王くんの姿を上手く捉える事が出来ない。

「やっぱ即効性睡眠薬は怖いのぅ、こんな一瞬で効力発揮するなんて。少し寝っときんしゃい、すぐまた起こしてやるき。」

おやすみ、橙梨ちゃん…。その言葉を最後に私の瞼は完全に閉じられた。





目が覚めるとそこは一面に貼り付けられた写真の数々。血の臭いに錆びた鉄の臭いもする。ここは一体どこなんだ。

「えらい早いお目覚めじゃの。」
『…仁王くん!』

掴み掛かろうと両手を伸ばそうとしたが手が動かない。否、動けない。両手両足が完全に固定されて寝かされていたのだ。

『どういうつもり。』
「さぁ。」
『何がしたい?』
「んー…、鑑賞?」
『ふざけんな!』
「そんな怒りなさんなって、可愛い顔が台無しじゃ…。」

割れ物を扱うかのように撫でる仁王くんの右手。相対する左手には市販で売っているような果物ナイフ。器用にくるくると回して遊んでいる。


「なぁ、好きな人のものって全部欲しくならん?」
『え?』
「俺は欲しい。心、体、息全部全部。」
『何が言いたいのか分からない。』
「幸村に聞かんかったか?俺の話。」
『全く、知り合いなのを知ったのも今日。第一仲良くないしね。』
「なら聞いたところで何もならんけど一つ面白い話をしちゃる。」


仁王雅治は彼女を愛していた。彼女もまた仁王雅治を愛していた。みんなが誰をさしていたのかは知らないけどみんなもそれを知っていた。精市くんも知っていた。彼女は仁王を獣とは知らなかった。しかしすべてを受け入れると言った。

「ここからが話の面白いところじゃ。」

満月の夜彼女は私と同じように家にやって来たのだ。そしてキスをする。その時に飴と称した睡眠導入剤を彼女の口に入れて飲ませ眠らせた。そこからの話も私と一緒、拘束して怯える彼女に刃物を向ける。彼女の綺麗な体は瞬く間に赤くなって朽ちた。

「俺の能力を見たやつは誰もおらん、消えたと信じ込ませれば俺が被害者になれる。」
『なんでそんな事!』


「あの女が、俺というものがありながら浮気なんかするから…!」

ナイフが降り下ろされて私の首に張り付く。ちくちくと先端が刺激する。そこは精市くんの噛み跡。

「ほらな、浮気の証。」

そしてペテン師は醜く笑った。



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