「…幸村なしてここにおるん?」
「それはこっちのセリフだよ仁王。どういうつもり?」

黒い笑顔で私に抱き付いたままの仁王くんに彼は問い掛けた。立ち話もなんだからソファに向かい合って座ったわけだけれど仁王くんはそれでも離れず腕に絡み付いていた。

「幸村が橙梨ちゃんの男…。」
「あぁ。というか仁王まで手名付けてたのか、狐は臭いを隠すからな…。」
『狐…。』
「しかも普通の狐じゃないんだよね、7つ尾があるだろ?化け狐ってやつさ。」
『何か普通の狐と差があるの?』
「…少しね。」

あくまで彼は私に説明するつもりはないとみえた。他人に無関心な彼が仁王くんを見て眉を顰めたのには驚いたが。狐の柔らかい尻尾がたまに肌に擦れて気持ちいい。


「…仁王、橙梨が好きなのかい?」
「好きじゃよ。」
「また同じ事を繰り返すつもりじゃないよね。」

「大丈夫、じゃから。ねー橙梨ちゃん。」
『?』

全く会話についていけない。私の知らない話ばかりが続いて退屈してきた。そして何を思ったのか彼まで私のとなりに座って来たのである。ついでに私を仁王くんから奪い取るように。

「彼女は俺の契約者だからそろそろ離れようか。」
「契約者ってまた餌なんじゃろ?愛さんのなら俺が愛しちゃるき、橙梨ちゃんを渡して。」
「嫌だね、一度契約したら愛すも愛さないも俺の勝手だよ。それにそれは君に言われたくないな、その愛は彼女に対するものとは違うだろ。」

彼が私を抱き締める力が強くなった。逆に先ほどまで痛いぐらいに抱き締められていた仁王くんの力が緩まる。同時に涙が一滴頬を伝って私の手の甲に落ちる。

「だからこそやり直したい。幸村、悪いがこれだけは譲れん。」
「そう。でもやるなら他でやってくれ、俺を巻き込むな。」
「じゃあ幸村は巻き込まん。橙梨ちゃん借りてくぜよ。文句ないよな?」
「…勝手にすれば。女なんて誰でもいいし。」
『はぁ!?これからは私以外とは関係を作らない、作れないって言ったんじゃなかったの。』
「…ほっといてくれよ、お前だって俺と離れられて満足だろ!」
『満足です!仁王くんとどこにでも行ってやるわ!』

「合意したな、橙梨ちゃん行こ。」

簡単に荷物をまとめ荒々しく扉を閉めて仁王くんの後ろに続いた。私が出て行く感じになったけど私の家じゃないか。普通彼が出て行く側になるはずなのに。悔しい、まずはあんな風に思われてたなんて。記憶が共有されてるなら少しは仲良くなれたって心のどこかで期待してた。

「橙梨ちゃんも泣かんといて…。」


傷つけあってまた泣いた



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