そしてあっという間に満月の日がやって来た。朝から精市は耳が生えたりなかったりと彼なりに制御しつつ過ごしているようだ。忍足には前日に電話を入れて助けを求めておいた。しかし従兄弟の世話があるから分からないと。どうやら忍足の従兄弟も肉食動物らしい。自慢じゃないが私は友達が少なく今回は自分一人で乗り切ろうと決めた直後である。

「…橙梨ちゃん?」
『仁王くん?』

家のチャイムがなって出てみれば仁王くんが家の前に立っていた。何回かバイト帰りに送ってもらった事はあるが尋ねて来るのは初めて。

「すまんな、いきなり家に来て。」
『ううん、構わないけど。ちょっと色々立て込んではいるかな。どうしたの?』
「橙梨ちゃんに頼みがあるんじゃけど。家に上げてもらえんか?」

ドアの縁を掴み猫背の仁王くんが上目遣いで見つめる。心が揺らぎかけるが家に精市くんがいるのを忘れてはならない。無理だ、ただでさえ満月の効果で耳が出たり出なかったりしている彼と鉢合わせでもしたら私が問われる。無理、絶対家に上げられない。

『外じゃ駄目?』
「おん、出来れば誰にも見られんとこがえぇ。」
『んー…。』

誰にも見られぬ所と言われてもなぁ。思い付く場所もなく。仁王くんの視線が急にそれたと思ったら玄関の靴を凝視していた。私の靴の隣りにきれいな一回り大きいスニーカー。男物。

「…男出来たん?じゃから俺とおったらあかんの?」
『いや、あいつの事は別に好きじゃないしいてもいいよ仁王くん!』
「俺がもたもたしとったからじゃあ…。橙梨ちゃん離れんとって…。」

仁王くんがドアの縁を離したからバタンと音をたててしまった。それは現在進行形で抱き締められているからである。あれ?そもそも仁王くんってこんな人だっけ。焦らして騙して楽しんでいる人のように思っていたのだが。

『ちょっ、ひとまず離れよう?話はそこからだ!』
「嫌じゃ嫌じゃ。」
『ほら、子供じゃないんだから…。』

と言いつつ背中や頭を擦る私も本当にどうかしてる。精市くんで慣れちゃってるせいだ。あとは母性本能、きっと。仁王くんが可愛過ぎるのがいけない。色素の割りに柔らかい髪にわさわさした…。え、何これ。

『耳!?』

まさかと思い背中から下の際どい当たりに手を下ろすと揺れる9本の尾。

「橙梨さん?何してる、の。」
『あは、あははは…。』


一難去ってまた一難




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