「今日は何もされてないか?」
『…うん。』

こうして私は嘘をつく。これ以上心配をかけてはいけない。テニスは精神面も大事だから私で負担をかけるのはプレイヤーにとってもよくないからだ。

「嘘ですよね、俺見ました。忍足さんが何か持ってるの、それとも俺や宍戸さんに言えないことなんですか?」
『でも、』
「でもとかなしって言ったろ?お前が言わねぇと俺らも下手に動けねぇからさ。」
「宍戸さんの言うとおりですよ!」

詰め寄ってくる二人に昔と同じように笑みが零れる。この2人だけは心から信頼できる人達だからありのまま話してもいいかもしれない。私だってこのまま嵌められ続けるつもりは毛頭ないし出来れば昔のように戻りたい。

『塩酸。』
「は!?」
『だから塩酸、一滴だけだけど。』
「どこだよかけられたとこ!」

宍戸に肩を掴まれて長太郎は涙目でこっちを見てきた。言わんこっちゃない。宥めて自分でかけられた方の腕をめくり見せる。そこは一点だけ赤く焼けたようになっていた。

「今からでも遅くねぇから冷やすぜ!長太郎水持って来い!」
「はい!」


バタバタと駆けて行ったがここは部室裏、直接行った方が早い気がするが宍戸曰く自分らがいても守りきれるか危ないらしい。確かに6vs2は無理がある、か。私自身も彼らに傷ついて欲しくないし。


「何考えてるか大体分かるんだけどよ、他人の為に自分犠牲すんの止めろよな、激ダサだぜ。」
『分かってるよ、それ以上にテニスが大事なのかもしれないなぁ。』
「黒奈はそんな奴だったな。」

ぽんぽんと頭を軽く叩くように撫でられた。そこにバケツに水を入れて走ってくる長太郎が到着…、する予定が音を立ててバケツごと私にかかった。こんなベタな展開ってあるんだね、バケツが邪魔で前が見えない。


『…長太郎?』
「あぁぁ!すいません先輩!俺のジャージ貸しますんですぐに着替えてください!」
「焦りすぎだろ…、激ダサだぜ…。」
『でもどこで着替えるの。』
「あ…。」
「部室今なら誰もいないはずですし俺らも部活で見とくんで大丈夫かと。」
「桃香は?」
「…どうせベンチで先輩達しか見てませんよ。」

その言葉に胸が痛む。昔はそんな子じゃなかったのに、って。

長太郎のジャージを借りて部室に鍵をかけて地面にへたりこむ。水浸しの髪や服がくっつく不快感など気にしない。それよりも何故、

「黒奈先輩、どうしたんですか。びったびた…。」

ここに桃香がいるんだ。

『何でもいいでしょ。』
「そこ邪魔です。鍵もかけないでください、ここは自分1人だとでも思ったんです?」

ニヤニヤと嫌な目で笑う。私を一瞥してドアノブに手を掛けた桃香は何を思ったのか振り返る。

「あ、さっさとドリンク用意しといてくださいね?」


あぁ、そんな事だと思った。アンタの言う事なんて。



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