「何でまだおるん?さっさと消えてくれへんかいな。」
「邪魔なんだよ。」
「何故お前の存在が迷惑であると分からない?」
「俺たち氷帝テニス部に裏切り者などいらない。」


私を取り巻く環境が変わったのは一瞬だった。新しいマネージャーがテニス部に来た。新しいマネージャーは私の一つ下でミーハーとかそんなんじゃなくて本当にいい子の模範のような子。楽しかった、毎日遅くまで練習してたまに跡部の車で送ってもらったり。私はそんな毎日が大好きだった。

"私、先輩が邪魔なんです。"

その一言が私の日常を壊した。有りもしない事実をでっち上げられたり自傷行為をされたり。最初は止めていたがもう止めた。止めても彼女は止めない、エスカレートするだけ。今日もカッターを取り出して腕に一本線をいれたのだった。

「なんや、言い訳せぇへんのやな。」
「言い訳したところで無駄だC。」
「忍足先輩、芥川先輩…。」
「うっわ血ぃやべぇじゃんか!跡部!俺保健室連れて行ってくる!」
「あぁ。」
「さて…、どうしましょうか。」

壁に私を追い込むかのように並ぶ跡部達。桃香ちゃんは頭がいい、いつも傷を作る時はカッターだから自分でやったと感づかせない。平手で叩くアホ女達ならすぐに矛盾を指摘してやるのに。対してカッターは線一本、今や信用を失っている私は絶好の餌食となる。

「…なぁ葛西、お前他人傷つけといて自分のうのうと生きてるなんておかしいよなぁ?」
『何がいいたいの。』
「これ、何か分かるか?」

忍足は眼鏡を光らせながら慎重に自らのバッグからスポイトを取り出した。中には透明な液体。

『さぁ。』
「…塩酸や。」
『そんなもの手に入れられないはず…。』
「焦っとるなぁ、簡単やでぇ。確かに理科室の危ない薬品は鍵がないとあかん戸棚にある。ただ実験用に配られたものを少し拝借するなら…、楽な話やろ?」

塩酸という言葉に汗が浮かぶ。日吉や跡部は流石に驚いていた、聞かされてなかったのだろう。いくら実験用に配られていて濃度が低いといっても皮膚細胞を破壊するにはたやすい。


「勿体ぶらないで早くやっちゃいなよ。」
「せやかてなぁ、仮にも女の肌にこんなん垂らすのは気がひけるっちゅーねん。」
「流石にやり過ぎじゃないですか?」
「じゃあ日吉は桃香見てなんも思わない訳?今日だってまた傷増えてた…。」
「そうは言ってません、ただ塩酸はやり過ぎだと…。」
『殴るも塩酸も変わらないじゃない。』

そう、変わらない。変わらないんだよ。私が受ける痛みは。殴る蹴るはいたいのをずっと我慢しないといけないけど塩酸ならすぐに終わるんじゃないかって心のどこかで思ってる。それだけ心が壊れ始めてるんだ。

忍足が覚悟を決めて私の腕の上でスポイトを押そうと手を掴んだ。


「何してんだよ!」
「…忍足さん最低です。」
「…なんやお前らまた邪魔するんか。」
『宍戸、長太郎…。』
「いくぞ黒奈。」

二人が入ってくる時のドアの音に反応した忍足の指がスポイトを軽く押したせいで腕がびりびりと痺れた。それを二人に悟られぬよう腕まくりしていたのをそっと下まで袖を下ろし隠す。

『…ありがとう2人とも。』


私達は足早に部室裏へと隠れた。



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