「ふたりぼっちだね。」

真波君は朧げな月明かりに照らされながらそう言った。

真っ白の部屋。病室ってとても白い。白に絵の具を少しだけ零したようにお見舞いの彩りの花が花瓶に生けられ、それだけが生を持っているようであった。小さい頃から体が弱く入退院の繰り返し。咳き込む日にはそれだけで軋む身体に何度も嫌気がさし、窓から差し込む光を恨めしげに眺めていた毎日。そんな白に鮮やかさを添えるように現れた真波君と出会ったのは数ヶ月前のしとしとと降る雨の日だった。お見舞いに来たのだと言う彼は病室を間違えて私のところに来てしまったらしい。構うことなく虚ろに座っているだけの私も、幾日も真波君が訪れるようになるにつれ口数が増えていった。真波君の興味がどこに惹かれたのかは分からない。自分も同じようにベットの上の世界で過ごしていたという境遇に同情したのだろうか。それも何だか違う様な気がした。

「自転車って楽しい?」
「うん、楽しいよ。」
「それって二人で乗れないの?」
真波君の話には自転車がよく出てきた。私も同じ物を見て感じたい。楽しそうに話す真波君を見て彼をこんな風に変えた自転車に出会えば私も変われるんじゃないかと思ったなんていう自分勝手な理由だったのだろう。
「ロードは無理かな。委員長にママチャリ借りてあげようか?」
「私自転車乗ったことないから乗れないよ。」
「じゃあ俺が後ろに乗せてあげるよ。」
「明日!明日の夜どこかに連れて行ってほしいの。」
急迫するかのようにお願いをした私に真波君は少し驚いた様にしばらく目を丸くした後、いいよ、といつもの様に笑った。

約束通り翌日の夜真波君は赤い自転車を傍に携えていた。看護士さんの目を盗んで病室を抜け出した私は病院の入口で真波君と待ち合わせていた。恐る恐る後ろに跨ると、しっかり持っててね、と手をお腹に添えさせるから自然と凭れるような形になってしまったけれど、真波君の背中は通り過ぎる風の冷たさから守ってくれるようにじんわりと暖かい。ぐいぐいとスピードを出して進む自転車から振り落とされてしまわないように、真波君にしがみ付くのに必死で自転車が止まっていたことにしばらく気がつかなかった。ついたよ、という声に顔をあげると、街が見下ろせる小高い丘の様な場所だった。

「ひとりぼっちなんだ。」
いつも病室に居るのって。服が汚れるのも厭わず、自転車を降りてそのまま地面に座り込んだ私が独り言のように零した言葉に、隣合わせに座った真波くんは二人だからふたりぼっちだね、って。そんな風に返した。不思議な響きに驚いて瞬きを繰り返すと、瞼の裏がちかちかとした。
「例えばもし、本当にたったふたりだけだったら生きていけるかな?」
「もしそうなったら、きっと困った時は、私のこと食べてもいいよ。真波君の血と肉に私も混ざり合うの。素敵でしょう?」
聞いているかどうか分からない。返事がほしい訳でもないし、これじゃ本当に独り言。真波君はぺらぺらと一人で話す私にお構いなく、肩を押して地面に寝かせた。首元に顔を埋めてかぷりと噛み付いた後、無邪気な顔をあげて残念そうに首を傾げた。
「あんまり美味しくないね。」
「やっぱり人間ってまずいんだ。私看護士さんに頼んでおにぎり作ってもらってたの。こっそりとっといて持ってきたから食べよう。」
「うーん、いいや。」
真剣な顔をした真波君が視界いっぱいに映る。降ってくるままに享受するとあっという間に世界の色が飛び込んできたみたい。だってなんだかふわふわしてとても暖かかった。


 
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