「ホント、スキだらけっショ」

 誰に言うわけでもなく漏れた言葉は、目の前で楽しそうに話して入る二人に届いていないようだ。
 事の発端は四限目の移動授業が終わって廊下を歩いていた時だ。彼女の名前と他愛ない話をしていると前から一年生らしき生徒が彼女に話しかけてきた。

 俺の彼女、名前は凄くスキだらけな女だ。しかも最悪なことに俺にだけでじゃなく誰にでもスキが多い。所謂、警戒心が無いのだ。
 ほら、今だってーー。

「どうかしたの?」
「オレ、先輩の弟とクラスメイトなんですけどアイツから伝言があってーー」
「うんうん、そうなんだ。わざわざありがとうね。もうっ、あの子ったらメールすればいいのに」
「あ! いえ、大丈夫ですよ! オレ、この階の図書室にも用があったんで」

 なんて楽しそうに話している。気のせいか一年ボウズははにかみながら名前の笑顔を見つめていた。

「先輩って、笑顔が可愛いですね」
「ん? ありがとう、そう言われると嬉しいな」

 弟がいるから年下の扱いには慣れているのかニコニコと名前は笑っている。というか弟、もっとマシな人選しろよ。
 相変わらず二人は楽しそうに話している。…いい加減イライラしてきたっショ。……名前がモテるのは知ってるしいちいち嫉妬なんてしてたら身が持たないが、それでも名前の笑顔を独占しているのが俺じゃないなんてーー見ていられなくて俺は止めていた足を進めた。

(年下に嫉妬してるとか俺かっこ悪っ)

 頭をかきながら歩いていると、後ろから名前の声がかかった。

「ま、巻島くんっ!」

 焦っているのか声がうわずっている。情けない顔を見られたくなくて足を止めないでいると、急いだ名前が俺の隣に並んだ。

「もうっ、巻島くんったら歩くの早いよ!」
「だったらあの一年と話してればよかったっショ」
「へ? なんで? 私は巻島くんと話していたいよ?」
「……」

 唖然とした。鈍いにもほどがあるっショ…。ま、でもーー。

「名前らしいなホント」

 心が跳ねるほど嬉しいとか俺も大概重症だ。

「ねぇねぇ巻島くん。今日私の弟がね、友達と寄り道するらしいの。だから…ね、今日は巻島くんの家にお邪魔してもいい?」

 肩と肩が触れ合うほど近い距離で名前が上目遣いに見上げてくる。一瞬くらりと眩暈がした。

 無防備にもほどがある…。


「…なにかあっても知らないからな」
「え? 何か言った?」
「クハッ、内緒」


 さり気なく手を繋ぐと隣の名前の頬が赤くなった。


『ホント、スキだらけっショ』


 スキが多い彼女なら、俺が離さないように手を繋げばいい。
 無防備な姿は俺の前だけで見せて。


 スキだらけの彼女に目が離せない。


 
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