「鈍感チャンにしては上出来だ」

今日、衝撃的な事実を聞いてしまった。私にとってその事実は相当インパクトがでかいらしく、放課後もそれがちらついていた。忘れられるならいいのだけど、その事実に関係してる人物がクラスメートでなおかつ同じ日直の当番だから、ちらちらちらついてなかなか作業がはかどらない。

「おい、さっさと日誌書き終われヨナ」

黒板の高いところを拭き終わり、黒板消しをクリーナーにかけるのは、荒北靖友。クリーナーの轟音に煩わしそうに眉を寄せている。そうでなくても目つきが悪くて口も悪ければ、態度も悪い。元ヤンだったせいなのかと聞けば、口が悪いのはもとからだと返ってきた。それ以外はどうなんだと聞きたかった。

(そして、これがねぇ…)

私が今日聞いた事実…というか、噂。なんと三年目にして荒北靖友を好きだという女子がちらほらいるということだった。なんでも元ヤンが更生して自転車頑張っているからだとか、あとは意外と猫好きでそれがギャップ萌えだとか。…私は荒れてた頃の荒北とも少し話してたから、今でもほかの女子よりよく喋るほうだ。だからその荒北が好きだという女子のいう好きな理由は、私からしたら荒北のいいところの一面にすぎない。つまり、彼女らは片思いとかそういうのよりファンのような心理なのかと憶測した。なんだかそっちのほうがしっくりきたし、荒北が誰かに想われてるのが想像できなかったし、あまりしたくなかった。

(ん?何で、なのかな)

ほかの女子に好かれて欲しくない、なんて。ひどい願望だ。荒北も男の子なんだ、自分を好きでいてくれる人がいたら嬉しいはず。だからこそ私は、付き合いの長いクラスメートとしてそれは喜ぶべきことな、はず。

(なのにいや、って…うーん)

悶々考え込んで、頭を抱える。日誌の今日の出来事の欄が白紙で止まっている。いつも自分は、ここになんと書いていたっけ。脳にちらつくのは荒北のことで、シャープペンは微動だにしない。
うんうん悩んでいると、前の席の椅子が音を立てた。顔をあげると荒北が座っていて、めんどくさそうに日誌と私を見ていた。

「ナァニィ、まだ書けてないわけェ?」
「う、申し訳ない…。なんか、全然浮かばなくて」
「んなもん適当に書いとけ」

そう言いながらも待っていてくれる荒北。ああ、今日がチャリ部休みでよかった。練習があるなら、かなり待たせることになったかもしれない。いや、そうならないよう先に部活にいかせるな、うん。

「適当、…か」

浮かんだのはあの噂。ちらりと荒北を盗み見て、シャープペンで書き出す。荒北靖友は最近女子に人気があるようで、私はなんだかそれがいやです、と書いたところで荒北の手が私の手を掴んだ。すのところがよれたし驚いたしで日誌から荒北に目を向ければ、赤くなってるが睨むようにしている荒北と目があった。

「なんッつーモン書いてんだ、オメェは!!」
「て、適当にって荒北がいうから」
「適当すぎんだろォ!つーかなんだこれ、事実か?!」

もう片方の手で、荒北は私が書いた箇所を指差す。やっぱり荒北もお年頃だ。気になるよね、うん。…あんまり私は、嬉しくないけど。

「うん、らしいよ。なんか最近荒北かっこいいって言ってる子の話聞くよ」

テニス部エースの佐藤さんが荒北のことを気にしているだとか、茶道部の宮内さんが荒北に告白しようとしてるだとか。たまに女子の間で流れる噂の中には根も葉もないのもあるけど、でもたまに本当のこともあって。そしてその荒北を好きな子がちらほらいるというのは、限りなく本当の話。

「ばァか!ちげェよ、そこじゃねーヨ!」
「え?どれ?」
「こッ…の、鈍感チャンがァ!!」

私の手は掴んだまま、もう片方の手で苛立ったように頭をかく荒北。何が彼をこんなに苛つかせてるのか分かってないからぼーっとそれを見てると、掴まれたほうの右手がさらに強く握られる。

「オメェが、オレに女子に人気でてきたかもってのがいやだと思ってるのが、本当なのかって聞いてんダヨ!」

真っ赤になりながらもまっすぐに、でも少し怒鳴るように聞いてくるのは荒北靖友だけど、私の知ってる荒北靖友と、違う。だってあの、こんな少し熱のこもったような目をした荒北だなんて、私の右手を掴んで逃がさないようにしてる荒北だなんて、この三年で見たことなんかなくて。
どうしていいか、分からなくなる。とりあえず無性に逃げたくなって、日誌に目を落とす。なんでこんなこと書いたんだろうと、今更思った。後の祭りすぎる。

「な、なんかいやだけど…で、でも友達としてなら応援しなきゃとは、」
「そんなイイコチャンの意見はいらネェ。なァ、名前。 なんでオメェは、いやだと思ったんダヨ」

声音が変わってる。少し照れを感じるけどでも、なんだろ、ちがくて。だけど違いは分からないし、同時にいやだと思った理由について考えてみる。

「…えっと、でも例えばさ、荒北に彼女できたら、私が邪魔になるからとかじゃない、かな」
「…本当にそんだけか?」

ちらりと荒北を見上げれば、鋭くまっすぐに私を見てくる。これは自転車に乗ってるときにたまにしている表情で、私はこれに弱い。もし荒北が知っててこの表情をしているなら、相当な策士だ。

「…いやなものは、いやだ、よ」

ぐるぐる、ぐつぐつしてる思考。だけど必死に答えようと、自分でも分かってなかったことを言い出そうと必死になっていて、考えがまとまる前に言葉がでてくる。

「だから、なァんでだ?」
「だ、だって…さ、さみしく、なる」

寂しくなるんだ。つまり私は、今荒北のそばにいるのは自分だと思っていて、そこにほかの子がきたらいやだし寂しいと、思っている。
…厚かましい女だと思っていると、掴まれていた手が離されて、思い切り頭を撫でられた。強い力に思わず目を閉じれば、荒北は一言だけ言った。

「鈍感チャンにしては上出来だ」

機嫌のよさそうな声に、頭に?マークが浮かぶ。荒北はそんな私をよそに私の筆箱から消しゴムを取り出すと、さっき書いたばかりの箇所を消す。そして今度は私の手からシャープペンを奪い、ちょっと四角い字でこう書いた。「異常なし」と。

「こんなんで、いいの?」
「いいんダヨ」

機嫌よく言いながら、さっさと持ってくぞと席を立つ荒北。あわてて筆箱にシャープペンやらをいれて日誌を手にして、筆箱を鞄に突っ込んで入り口のとこに向かう。そして私はまた、尋ねる。

「なんで、寂しくなる、でいいの?」

私を待っていてくれていた荒北は、私を見て意地悪く笑った。

「すぐに分からせてやるから安心しろヨ、鈍感チャァン」


 
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