「もっと近づけば」

言葉はそっけないけれど、肩を抱き寄せる腕は力強く優しい。今泉くんとお付き合いを始めて1ヶ月半、初めてのお家デートに私はすごく緊張している。自分の部屋なのに自分の部屋じゃないみたいだ。ローテーブルの上のマグカップも、今泉くんが背中を預けているクッションも、全部全部私のものなのに。思わず息を詰める私の耳元でふ、と笑う音が聞こえた。


遡ること約2時間前。ピンポン、と鳴った我が家のチャイムにいち早く反応したのはママだった。どうぞ、ってドアを開けたママに一瞬驚いたような顔をして今泉くんが挨拶する。本当は私が開けたかったのに。ママの後ろでむくれながらちょっと硬い声を聞いていた。

「はじめまして、名前さんとお付き合いさせていただいています、今泉俊輔です」

つまらないものですが、とケーキを渡している今泉くんが私に気づいて軽く微笑む。あらあらママはお邪魔虫だったわね、と笑うママをリビングに押し込んだ。そう思うなら最初からほっといてよ!

「狭くて汚いけどどうぞ」

ママが持ってきてくれた紅茶とケーキを間に、自転車部の話を聞いたりしていた。小野田くんの成長ぶりを嬉しそうに話したり、むっとしながら鳴子くんにからかわれたことを話したり。表情豊かに話す今泉くんが見れるのってやっぱり彼女の特権なのかな。そう思うとなんだかくすぐったい気持ちになる。
最初はお互いの共通の話題で会話をしていたけれど私も今泉くんもそんなに話すほうじゃないから沈黙になってしまうことが多い。でもそれは気まずい沈黙じゃなくて心地いい沈黙。彼が持参したCDを流しながらぼーっとしていたら、不意に今泉くんが立ち上がった。

「あ、トイレは出て左にあるよ」

「いや、トイレじゃないけど…ありがとう」

どうやら早とちりをしてしまったらしい。ごめんね、と謝る私に苦笑いしながら今泉くんは隣に座った。急に近づかれたせいで服から香る柔軟剤の匂いとか、規則正しく吐かれる呼吸音だとか、この距離だからこそわかるそれらに意識が集中してしまう。いたたまれなくなって俯いたまま微動だにしない私に先程の言葉。ぎこちなく抱き寄せられた体はすごく熱い。

「折角2人きりなんだから、それらしいこと、しようぜ」

顔にかかった髪を払われ近づいてくる唇に、そっと目を閉じた。


 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -