「好きっすよ」 心臓がギクリとした。好き、好き。別にそういう意味で言われたわけでもないのに、常々自分にだけは都合のいい臓器だと思う。ちなみに、気になる後輩の視線はウォークマンに注がれている。その中の曲名あるいはアーティスト名のひとつを見て彼は呟いた。以上でも以下でもなく、ただそれだけである。 「つーか名前さんもこういうジャンル聴くんだ。意外すぎ」 「ライブも行くよ」 「マジで!チケ取れるんですか?」 「FC入ってるからそこそこ。今度一緒行く?」 「行きます!」 滅多に理解されない嗜好を肯定されるというのは気持ちがいいことだ。しかもそれが好いている相手なら尚更。ナチュラルにデートの約束まで漕ぎ着けることのできたわたしは、今耳元で流れるサウンド並みにテンション上がってる。 「なんかオススメある?」 「あ、これなんかオススメですね」 イヤホンの片耳を差し出されて、狼狽。なかなか手を伸ばせないでいるわたしに、黒田くんは首を傾げた。 「一緒聴きません?」 わたしは顔に出ないほうだから気付いてないんだろうけど、気付いてないんだろうけど。「聴きます、」と不自然な受け答えをしてイヤホンを耳にした。心臓を打つ重低音、アグレッシブな演奏、吐き出されたかのような歌詞。そのどれをとっても好みだと言える代物だったが、それよりも、――少し、あつい。 「この人ら色んな曲演奏するんすけど、一つのジャンルに固執してないとこがまたいいんすよね。あ、ここのソロとかオレ結構好きで」 右側が、じわりと熱を持っている。 世の中の不条理を歌っているらしいボーカルの声は右から左だ。バクバクと一定のリズムを刻む心音は、正直言ってドラムの音よりも強く身体の深部に届く。 「名前さん裏打ちの曲好きみたいだし、これなんかいいんじゃないすか?」 「…ん、好きかも」 「っしゃ。明日CD貸すんでよかったら聴いてください」 好き、好き。紡がれる言葉にいちいち反応するこの心臓、鼻のあたりをこすっては照れたふうに笑う彼よりもタチが悪いと改めて思った。 ← |