「ウチ、来いよ。」 昔、何処かの誰かが言っていた。 『セックスする時と、歌っている時の顔は、よく似ている。』 身体を預けるのは、カラオケボックスの、タバコ臭くて、硬いソファ。狭い個室には、さっきまで私が歌っていた、最近メジャーデビューしたバンドのマイナーソングのサビが、歌声を失ったまま流れ続けている。目の前には、とろんと熱を帯びた表情の田所と、チカチカ点滅する青、白、緑の安っぽい光。 「た、田所…?」 田所の、太く硬い手は、私の顎を持ち上げている。胸の前で行き場を失ったマイクは、その声を虚しく拾った。 「…」 何か言うわけでも、何かするわけでもなく、少し苦しそうに、田所は私を見つめる。これまで、見た事もないような、色っぽい表情に感じられた。キツめの三白眼は、やらしく細められ、眉は下がり、眉間には、困ったようなシワができている。頬は、心なしか色付いていて、私達の間に流れる時は、いつもよりずっとゆっくり歩いていた。 なんら、特別な事があったわけではない。ただ、お互いにカラオケに行きたいな、ってなって、予定が合ったから、行った。本当にそれだけ。私と田所は付き合っていないし、何の変哲もない、クラスが同じで仲良しなトモダチのはずだった。 曲は、最後のサビを終えて、アウトロへ向かっている。私の息が田所にかかりそうで、田所の息が私にかかりそうで、気が気ではなかった。私は、馬鹿みたいに顔を火照らせて、田所の気が済むのを待っていた。 トモダチのはずだったのに、私の心臓がこんなにも打ち鳴っているのは、何故か。そんなのわかんないし、わかったら、おかしくなってしまう気がする。この空気に流されて、一緒にとろけてしまうような、そんな気がするのだ。 「…あのよォ」 「な、なに?」 熱に浮かされた顔のまま、田所が口を開く。厚ぼったい唇が、厭らしく感じられた。 「今、両親も誰もいねえんだけど。」 「え」 「ウチ、来いよ。」 何の迷いもなく頷いたのは、何故か。もう、田所をただのトモダチだなんて思えなくなっているのは、何故か。そんなの、全然わかんないけど、これから嫌でもわかるのだろう。純真無垢ぶっていた私は、本当は誰より、こんな空気にとろけてしまいたかったのだ。この男と一緒に。 ← |