短編 | ナノ

 彼のためにムチを買おう

星が自分のトレーラーに戻ろうと河川敷を通っていると、遠目に歩く住人の後ろ姿が見えた。あれは女版シスターと名高い荒川の格闘家、名字名前。
その背中に声をかけようと近付いた時


『!』


ビクッと何かに反応した名前はあたふたと辺りを見回した後、驚きの脚力でどこかへ去ってしまった。


「あれっ」


何事かと思い、名前が去っていった方向を見ていると、今度はその反対側からシスターが歩いてくるのだった。


「星か、どうしたんだ?」

「ああシスター。いや、名前がいたから声かけようとしたんだけど…」

「…どこかへ去ってしまったのか」

「そう!」


心を読まれたかと思ったがいつに無く元気がない顔を見るとそうではないようだ。


「さっき、名前と目が合った」


その瞬間走って行ってしまった、と続ける。
その言葉に星は目を大きくして驚いた。


「シスター避けられてんのか?」


話を聞くにあたり、一度や二度では無いようで。

だとしたら酷な話だ。

シスターは彼女に想いを寄せているのだから。





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親友の悩みを解決すべく星は名前を探した。リク住居である高台から河川敷全体を眺めると自宅であるテントの側で瓦割りをしているのを見つけた。
いつもの集中したものではなく、どこか息を荒げた彼女の姿。瓦をぼーっと見ていたと思ったら一気に顔を真っ赤にして、何かを振り払うかのようにブンブン顔を振った。そしてまた十枚、瓦が割れた。


「名前!」

『うわああああ!!ほッ、ほほ、星!!急に何っ』

「よう!」

『いや、ようじゃなくて…』

「今日も熱心だな」

『あ、ああ…うん…ありがとう…』


ところで、と星が話しかけている最中で名前は周りを片付ける。
綺麗に二つに割れた瓦たちが積み重なって束を成していく。


「なんでシスターのこと避けるんだ?」

『!!』バリンッ


目を見開いてぶあっと冷や汗をかく名前は持っていた瓦を真っ二つに割った。


『な、なんの、何のこと?』

「シスターが悲しんでたぞ、名前が目が合ったら逃げてしまうって。」

『え…そ、そっか…』


罪悪感からか名前は深くうつむいた。そのまま考え込んでしばらくたった後、意を決した瞳で星を見た。


『星!私、…シスターのこと好きなんだけど!!』

「お?お、お。そうなのか。なんか、いさぎいいな。」

『そ、それで、シスターと話してみたりしたいんだけど…恥ずかしくて逃げちゃうし、何を話せば良いか分からないし…』


星は両想いじゃん、という言葉を飲み込み、言葉を選んでから名前の肩をポンと叩いた。


「名前の好きなことを話せ!好きなことに誘え!それだったら自然に楽しめるだろ!」

『そうか!ありがとう頑張ってみる…!』

「ああ!」


後日星が気配を消して草陰から見守る中、名前が平野を一直線に進みシスターの目の前に躍り出る。


「(名前もシスターも頑張れよ!!)」


手に力を込めた名前が見上げると、名前が自分の前にいることに心底驚いているシスターの目と目線がぶつかった。
隣にいた、おそらく教会で一緒に囲碁をしていた村長も何だ?という顔をしている。

名前が震える口を開いた。


『っシスター!!私と勝負しろ!!昼の4時!粗大ゴミの赤いソファが捨てられている河原の付近で!!それじゃ!!』


顔を真っ赤にした名前はいつものようにバッと逃げ去った。
星は笑みを浮かべながら頭を抱えたのだった。


「シスター、一体何したんだ?」

「いや…何かしたくても出来ないので…」


シスターは名前に話しかけられた喜びと得体の知れない不安を交えた顔で名前が去って行った方を眺めた。






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3時のおやつタイムが終わり、名前に言われた通り河原に向かうとそこにはすでに名前がいて、ぼーとしたまま短刀を磨いていた。武器もありなのか…

よく見ると名前だけではない、一定の距離をおいて住人達が見ていた。おそらく村長が話したのだろう。
はぁ、とため息を吐き名前に声をかけると肩をビクつかせて顔を勢いよく上げた。


「待たせたか?」

『いや!全然!!』


名前は短刀を手に持ち直した。
そういえばよくステラやマリアと勝負する名前を見たことがあったが、自分とやるのは初めてだな…。
そんなことで単純に喜んでしまうのだから情けない。


「名前は…どうして急にこんなことを…?」


名前は目を泳がすと小声を口から絞り出した。


『そ、その、私は戦うことが好きで…シスターのこと好…嫌ってる訳でもなくて、シスターは何か勘違いをしているようで…、だからそれを正すために誘ったんだ…!』


少し頭をひねっていると星が横から


「名前は好きなやつか好きになりたいやつとしか勝負に誘わないからな!」


と言った。


「そ、そうか…」


どうやら嫌われてはいないらしい…。名前は慌てて星と私に何か言っていたがやがて短刀を握り直した。


『っ始め!!』

「「早っ」」


その声と共に先ほどの短刀が足元に刺さった。とっさに避けたが目の前に回し蹴りにされた足が映る。速い、これは当たる。

と思いきや。その足はガクッと止まり、前髪に弱々しく掠れて終わった。


「…?」

「名前ー何やってんだー!」

『ぁ…ぅ…っ』


足を下ろしてうろたえる名前は顔を覆って座り込んでしまった。
自分も同じ目線になるためにしゃがんで顔を覗き込むと後ずさりをされた。


『私には、出来ない…!』

「どうしたんだー?」


後ろから星の声が響いた。


『私は…!シスターの顔に傷を付けられない…!!』


顔を覆った手の隙間からくぐもって聞こえる叫び声。こういうのはなんだ…素直に喜んだほうが良いのか…?


「名前さん!何遠慮してるんですか!俺の顔をフルスイングで殴り飛ばしたことを忘れたんですか!!」


次はリクが吠えた。あの時は確か不機嫌な名前のとばっちりを受けたんだったな。


『だ、だって…!』

「名前、私のことは気にしなくていい。元々傷の酷いこの顔だ、今さら増えたところで関係ない。」

『そう言われても…』

「…だけど、」


この時の自分は、目の間から名前が逃げない現実に調子に乗っていたのかもしれない。


「私は、名前から付けられるなら…いくら傷を付けられても気にならない。」

『!?』


名前の顔は見る見るうちに真っ赤に変わる。これは自分に都合のいいように解釈して良いのだろうか。名前がこんな顔をする理由は、


「名前…」

『あっ…』


手を伸ばすとビクッと跳ねた名前が立ち上がっていつものように後ろを向いて走り出した。


「「あ!逃げた!」」

「…」


この機会を逃したらまたいつも通りに戻るだろう。
だが嫌われていないのなら…、避けられる理由が反対の意味を示しているなら…


「待て」


懐からスイッチを取り出して、いつだったか奇襲に備えて仕掛けたトラップを発動させた。
上手く作動したそれは名前の体を縛り止める。


『!!な、なに…!?』


縄に縛られたままの名前を担いで静かに話せる場所に連れて行く。
視界の端に映った星が親指を立てているのが見えた。





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教会の自室に連行して名前の前に座った。逃げようとするので縛られたままの名前は居心地が悪そうにしている。


「名前、さっきのことだが、あのように言えばさすがに分かるだろう。」

『…うん』


名前はうつむいたまま床に向かって返事をする。


「私はお前が、」

『シスターは傷を付けられることを嗜好としているんだな…』

!?
最悪の思考回路に繋がってしまった…!!待てどうしてそうなった


『特殊だな…』


もしかして名前が顔を赤らめたのも、私がそういう性癖だと勘違いしてのことなのか…!?

弁解しようと身を乗り出して口を開こうとすると名前がバッと顔を上げた。


『でも!!』

「!?」

『それでも私はシスターが好きだ!!』


さっきと同じ、真っ赤な顔。今度は都合良く解釈して良いのだろうか。いや、それよりも今言葉ではっきり聞いた。


「名前、」

『っごめん、逃げてばかりで、シスターのこと嫌ってたわけじゃないんだ…!こう、今みたいに面と向かうと口だけスパッと出てきてしまって…、確かにシスターのことは好きだ!!好きだ、けど、女らしいことも出来ないし、口も多少悪いしシスターに嫌われてしまうと思うとどうも…っ』


潔いな…。名前は面と向かうとこうも饒舌なのか。もっと早くに引き止めておけば良かった。


「私も名前のことが好きだ。」

『え!?』

「好きだ」


目を合わせ、正面から伝える。きっと名前は面と向かって話すのが苦手なんだろう。彼女の顔は先ほどと比にならないくらいに赤くなった。

その顔を可愛いな、と思っていると彼女は勢いよく立ち上がった。


『そ、そっか!!』


縛っていた縄をブチっと引きちぎった名前は、私が初めて正面から見た笑顔を見せてくれた。

強いな…


『良かった!すごく嬉しい!シスター!好きだ!!』


きらきらの笑顔で抱きついてくる彼女は小さくて、髪を撫でれば緩む頬を誰よりも女の子らしいと思った。



彼のためにムチを買おう

(よう名前!上手くいったみたいだな!)
(星ありがとう!これからはシスターを痛めつけられるように頑張って鍛練を続けるよ!それじゃ!)
(待て名前!シスターとなに話してきた!)

(訂正するのを忘れていた…)
 
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