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リクの姉とシスター


天気の良い荒川の真上の高台。そこの家主であるリクルートは現在、市ノ宮行という男に戻り、自分の家の真ん中で泣き崩れる女性を慰めていた。


『うわ〜〜んこうくんん!どうしよう私またお父さんに怒られちゃうう…!!!』

「ね、姉さん、落ち着いて…」


市ノ宮行の目の前で泣く彼女、市ノ宮名前は今日も会社の失敗を弟に相談しに来ていた。
相談といっても、高井が行の居場所を突き止めて以来、弟シックの名前が何かにつけて会いに来ているのである。


『うぅ…日曜休みしか取れなかった私の口下手が憎い…』


その言葉にハッとした行は時計を確認した。


「姉さん、悪いんですけど俺そろそろ用事があって…」

『えぇぇ…!?』


少し涙も乾いた名前の目は再び潤っていく。


「あぁあ、姉さんちょっと…泣かないでくださいよ…」


行が名前の涙を拭っていると部屋に響く軽快なノックが聞こえた。


「っはーい」

「リク、ミサに行くぞ………ん、名前もいたのか。」

『ニノちゃんこんにちは…』


ドアが開き、見えたのは澄み渡る青空に映える金色。彼女が部屋に入ると名前のことを不思議そうに見つめる。


「名前はどうして泣かされたんだ?」

「いや!俺が泣かしたんじゃない、…です…多分…」

『行君が用事があるみたいで…少ししか話せなかったなって。そっか…ニノちゃんとデートだったんだね、うん、行っておいで行っておいで。』


慈愛の眼差しを向ける名前の力無い足取りはこのまま高台から落ちてしまいそうだ。


「姉さん危ない」

「なんだそんなことか、デートではないし名前はリクと好きなだけ話すといい。」

「え、でも、」

「リクもミサに連れて行く。名前も付いて来い。」

『ミサって…お祈り?』


ニノがコクッと頷くと名前は行の表情を伺った。


『でも行君なんだか嫌そうな顔してる。やっぱり付いてきてほしくないんじゃ…』

「……俺が嫌なのは姉さんが付いてくることじゃなくて、あの場所に姉さんを連れていくことですよ…」


渋るリクをニノが連れ去り、名前もそれに習って付いていった。
リクの家とニノの家以外の河川敷に足を踏み込むのはこれが初めてのことだ。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





教会に着いて名前がおどおどと見守る中、10秒にも満たないミサは終わった。

クッキーを貰って賑やかになる住人から離れたところで、名前は声にならない悲鳴をあげる。


「ちょっとちょっとシスター!姉さんにそんなに近付かないでください!怯えてるじゃないですか!!」

『お、…おっきい人…ぉ…』


住人ではない、ただ一人群れの外で立っている名前にシスターはいち早く目をつけた。


「姉さん…?という事は貴様はリクの親族か。」

『そうです……』


最初は見知らぬ人物に警戒心を抱いて見下ろしていたシスターはリクと名前の反応に興味を示した。


「リクとは違いずいぶんと消極的だな」


名前の両脇の下に手を入れて、そのまま高い高いをする様に自分と目線を合わせた。


『ひぃぃいやぁぁ……』

「シスター!!姉さん気絶しそうですから!!」


横で喚くリクには目もくれず、シスターは縮こまった名前を地面に下ろして言葉を続ける。


「貴様、名前はなんだ?」

『あっ…えっと、市ノ宮名前です…』


リクの後ろに隠れ肩越しに見上げる名前の名前を聞くと、シスターはひとつ頷いた。

そして再び名前に手を伸ばし、今度は肩に担いで教会の方へと向かう。


『ひぃぃぃぃ……』

「シ、シスターー!姉さんを教会に連れ込んで何するつもりですか!!下ろしてくださいよ!!」


シスターはひっつきまわるリクをデコピンでノックアウトにし、そして教会の扉は閉じられたのだった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





リクはその場で正座し、名前が拉致されてから今までずっと顔を両手で覆い続けている。


「姉さん…」

「リク大丈夫か」


その隣ではニノが座り、先ほどまでクッキーが入っていた袋をいじっていた。


「何がシスターの拉致アンテナに引っかかったか分からないけど、やっぱり外に姉さんを出すんじゃなかった…!

俺と同じく容姿も美しくて性格も完璧で聡明かつ俺に勝るとも劣らない魅力的な姉さんが誰にも目をつけられないワケがない!!ああ…よりによってシスター……」


教会前で座り込み指を組んで嘆くリクの姿は、熱心な信者に見えるだろう。
ニノは相変わらず特に何も考えずに横に座ったままだった。

しばらくしてニノが立ち上がったと思えば、目の前の扉も重々しく開かれた。


「姉さん!!大丈夫でしたか!?てッ、貞操は!!??何か変なことは…」

『行君…わたしシスターさんとお付き合いすることになったみたい…』

「………は?」


名前が出てきた衝動で素早く立ち上がったリクはその体制を思わず崩した。


「はあぁぁぁああ!?」






ーー時刻は数十分前に戻るーー






シスターの肩に担がれた名前はどこかの部屋の、ベッドの上に静かに降ろされた。
思わず身構えるも、目の前の男は部屋の外に出て行ってしまった。


『え…』


何をしたら良いか分からず周りを見渡す。
そしてそっとベッドから降りて床のフローリングにぺたりと座り直した。

五分も経たない内にシスターは帰ってきた。手にクッキーの入った袋をぶら下げて。


『あの…シスターさん?』


本来いた場所から目線を下げ、名前の姿を確認したシスターは彼女の脇に両手を差し込んで再びベッドの上に座らせた。


「日曜はミサがあり、その後住人は私が作ったお菓子を食べるんだ。」

『はぁ…』

「名前、貴様も食べると良い。」


差し出されたそれを名前が受け取ることはなかった。


『すみませんシスターさん。他人に借りをつくることは出来ないので頂くことはできません。』


過去にリクから聞いた懐かしいその言葉。シスターはそれを聞いて目を光らせた。


「そうか」

『はい、お気持ちは嬉しいですけど…、むぐっ』


名前の言葉を途切れさせたのはシスター、が手にしたクッキーだった。
何をする、と目で訴える名前に対しシスターは片手で口を塞ぐ。


「まさか口に入れたものを吐き出すわけではないだろうな。」

『ぐ…』


薬を飲む子どものように、目をつむって一気に飲み込んだ。それと同時に口に当てられていた手も退けられた。


『う…ぅ、酷いです…』

「味はどうだ?」

『美味しいです…っ』

「そうか」


もう一枚差し出された名前は落胆しながらも素直に受け取ってクッキーをかじる。


『こんな美味しいクッキーをいただいてしまった借りを返さなければなりません…』

「ならば私の恋人になってくれないか。」

『はい?』

「貴様に惹かれたんだ、付き合ってほしい。」


名前が解放されたのはその返事に強制的なyesを返してからだった。








「脅しじゃないですか!!!」

「いや、同意の上だ。」

「いやいやいや!!!」


シスターの横にはすっかり疲れ果てた名前がぽりぽりとクッキーをかじっていた。


「どうしてアンタは俺の大事な人を次々と餌付けしていくんですか!!!」


名前の横ではニノも一緒になってクッキーにかじり付いていた。





リクのとシスター


それから先、ブラコンシスコンの市ノ宮姉弟にやや苦戦するシスターの姿もあった。

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