もっと早くに出会っていたなら
『なによ星のばーーーッッか!!!』
「あんだと!?馬鹿って言うほうが馬鹿なんだよ!!!」
今日の河川敷は平和ではない。
ことの始まりは私が星のCDを見つけてからだ。
『星の昔のCDだ。』
「ああ?あー、それな。」
ベッドで雑誌を読んでいる星の傍らで私は棚からそのCDを取り出した。
『この頃が星の全盛期か。』
「なに言ってやがる今も全盛期だ。」
素顔で写っているジャケットは加工でとてもキラキラしている。
パカッと開いて中を見ようとすると小さな紙が足元に落ちてきた。
『ん?んーと…』
拾ったそれには女性の名前と電話番号。
『なにこれ、Sara…って外人?』
「覚えてねーよそんな昔のこと。」
その紙を二度見した星はさも関係のないようにベッドを寝転がって向こうを向いた。
『覚えてないくらいこういうことが多かったってことー?』
星のマスクを後ろからつつくと嫌そうに後ろ手で制された。
『ねぇってば』
「いやお前には関係ないだろ。」
『はぁ?関係あるでしょ、星の昔の女関係知ったって良いじゃない。』
「だからぁ!!それ聞いてお前もっと不機嫌になるだけだろ!?めんどくせぇな…!」
舌打ちしながらこっちを向いたと思ったら手にあったメモをひったくられた。
めんどくさいという言葉も舌打ちも結構胸にきた。極めつけはひったくられたメモのせいで人差し指を切って痛い。
にじむ血を見ながら怒りはふつふつと湧き上がり冒頭のセリフに繋がって、それをきっかけに星のトレーラーを出て行ったのだった。
『なによ星のばーーーッッか!!!』
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「で、なぜ拙者のところに来るでござるか。」
『だって教会開いてなかったんだもん』
星のトレーラーから一番遠い位置にある教会はあいにくシスターの不在で、二番目に遠いリクの家ははしごが嫌で、その次に遠い川を挟んで向かい側の美容院へと来たのだった。
「というかそれは名前殿も悪いでござる。」
『分かってるよ…』
カット用のふかふかのイスで体育座りをする私の指にラストサムライは絆創膏を貼ってくれる。
『別にそれほど知りたかった訳じゃなかったの。でもあのメモ見た瞬間になんか、ちょっとずつイライラしてきちゃって…』
「まぁ、そうでござろうな。」
刀の手入れをしながらもラストサムライは横でちゃんと聞いてくれている。こいつ懺悔室任せられるんじゃなかろうか。
『出会いこそニノ中毒だった星だからなおさら、今はなんともないって信じてるけどどうも…やっぱりニノと喋ってるときとか不安になるというか、』
「直接言えば良いんじゃないでござるか。そういうの気にしてる、って」
『嫌だよ。自由人な星を束縛する気もないし、第一そんなくだらないことで嫌われたりしたくないもの。』
「乙女心は難しいでござるな…」
手を伸ばして首をひねる彼のまげをいじった。
「ちょ、やめるでござる。」
ひととおりラストサムライで遊んでいるとリクがあの高い所の窓から顔を出していた。
「名前さんカットしてもらってるんですかー?」
『愚痴聞いてもらってるのー、リクはー?』
「俺はアフタヌーンティーです」
『飲みたーい!』
持ってきてー!と言うとリクはラストサムライを来させてカップとポットを運ばせた。
「名前殿がそっちに行けば良いんじゃ…」
「名前さん前に足滑らせて落ちそうになったから怖い。」
紅茶の準備をするリクにいろいろ聞かれたので成り行きを話してまた盛り上がった。
「やはり星はサイテーですね。」
『でしょ』
人に話すと楽になるものだ。怒りもとっくに無くなって外も薄暗くなってきた頃また一人訪問者が増えた。
「名前、ここにいたのか。」
『どうしたのシスター、何か用事?』
「星がすごい顔で"名前のこと教会にかくまってるんじゃないだろうな!?"と言ってきたがなんだ、捕虜ごっこか?」
「そんなごっこシスターとステラしかしませんよ。」
シスターも事情を聞くと呆れた顔をした。
どうしたものかと思っていた頃、
「てんめぇぇえラストサムライ!!!」
ドタドタと荒々しい足音とともに星が川の渡り石を渡ってきた。
「お前ら名前に群がりやがって!離れろ!!名前帰るぞ」
『これ飲んだら。』
「早くしろ」
『うん』
悠長だがリクの紅茶は美味しいから残すのはもったいない。私が飲んでいる間星とラストサムライがギャンギャン騒いでいた。
飲んだカップをリクに返すと星に担がれて川の向こうへ運ばれる。手を振るとラストサムライが苦笑いで振り返してくれた。苦労をかける。
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『歩けるよ、下ろしてよ。』
「リクんち行こうとして足滑らせたお前が何言ってやがる。」
下に俺がいなきゃどうなってたか…、とぶつぶつ呟く星は軽々と渡り石を渡ってそのままトレーラーへと入った。
私を静かに下ろすと星は目の前に正座した。
「あのメモは捨てた。」
『はい』
「他にありそうなやつも探してそれも捨てた。」
『待って私重い女になりたくない。』
束縛しているみたいじゃないか。思わず立ち上がって上から星を見下ろした。
『別に女全員切れなんて言ってない…。そんな怒ってないから私なんか気にしないで、』
まだ言い切らないうちに星は手を引っ張ってそのまま座っている彼の元に倒れこんで抱きしめられた。
「俺が気にする。何言っても良い、正直に怒ってるって言ってくれ。」
嫌わないから。
ああ、ラストサムライが余計なことを言ったんだ。
それでも嬉しくて、安心して、目の前の肩に顔を預けた。
『昔の星と付き合ってた子が羨ましかった』
「ああ」
『今でも誰か、女の子と喋ってるのもいや』
「ああ」
『星のこと信じたいけど少しでもそう思っちゃう自分が一番いや、』
「…ああ」
嗚咽が出そうになる声で最後に一つ、肩でくぐもりながら聞いた。
『ねえ、まだ、ニノのこと好き?』
星は私の頭に手をまわしてさらにきつく抱きしめる。
「今の俺にはお前だけだ」
顔を埋めた彼の肩に涙が滲んだ。
もっと早くに出会っていたならもっと長くあなたの一番になれたのだろうか
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