生死のむだづかい
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付き合ってるマサ蘭
霧野目線
休日にマックいるところからはじまります
*
「今日、霧野先輩が死んだ夢見ました。」
狩屋が投下した話のネタは、休日のファーストフード店内において、およそ似つかわしくないものだった。思わずドリンク片手に固まる。手のひらにぴたっと、冷たい水滴がはりついた。
向かいに座る狩屋はポテトをつまみながら、いつもの小動物じみた面持ちで此方の反応を待っている。
「……………。」
一旦、とるべき行動の判断を見送ろう。俺は椅子の背にもたれ、わざと鷹揚な態度でストローをくわえて、残り少ない中身を一気に飲んだ。ずずーっと音をたてて吸ってごくんと飲み込めば、困惑や疑問も一蓮托生に腹の中へ消えたような心地になる。そこでやっと、「はあ?」と吐き捨て、いつものような物言いに成功したのだ。
「勝手に殺すな」
そう続け、取って付けたようにアホらしいと言ったものの、ひときわ大きな歓声にかき消された。そばで女子の集団が誕生会を始めたらしく、調子外れの楽しそうなバースデーソングがきこえてくる。
狩屋は何も言わない。
もぐもぐ口を動かしながら、じいっと稀有な目力を以てして見つめてくるのみ。この奇妙な間を埋めようと、再びドリンクに手を伸ばした。しかし、持ち上げたときの感覚で空を悟り、おずおずともとへ戻す。誤魔化すようにナプキンで指を拭いた。
そこで、ポテトをのみ込み終えたらしい狩屋が口を開く。
「…なんていうか、先輩もいつか死ぬんだなーって思ったんですよねぇ。まあ、当たり前のことなんですけど」
「なんだよそれ」
「そのまんまの意味。先輩、いつか死んじゃうですよ?」
ポテトでこちらを差しながら、せっかくキレイに生まれたのにねぇ?と、ここまで言って、狩屋は吹き出すように笑った。
あっははは。その声に、周囲の客の視線がにわかに集まる。
いつか死ぬ。
そんなことを改めて指摘されるのははじめてことだ。ましてや恋人に。自ずから人生の末路を漠然と考えるときとは訳が違う。気持ちが少なからず沈んだ。
ハンバーガーの包みで折り紙をしながら、視線を落とす。狩屋の声は淡々と続く。いつもの、子どもっぽい響きで。
夢は、葬式とかではなかったんです。
ほかになにもない空間に先輩の死体だけが置かれてた。
先輩ね、肌は色が抜けて真っ白なのに、髪の毛の、目に痛いピンク色だけはそのまんまでしたよ。
俺は花すらもっていなかった。
だから、つくりものめいたしずかな死に顔をずっとみてました。
ずーっと。
「なんていうか、いやなもんでした。好きな人が勝手に死んじゃうの」
そこでつい顔を上げてしまった。黄色いつり目と目が合う。ふいに気恥ずかしくなって「なにいってんだよばーか」と、未完成の鶴を投げ付けた。カサと乾いた音をたて、狩屋の青い髪にあたる。
「なんすかこれ」
「つる」
「ああ、包みでつくったんですか?へぇ」
「やるよ」
「あはっ、普通に、いりません」
狩屋は折り鶴をつまみ、テーブルに立たせた。
で、話戻しますけど。
そう言った彼が、ゆっくりと視線を上げる。
「俺のそばで死ねばよかったのに、って思ったんです。先輩の死に顔みながら」
独りぼんやりと夢見るような調子で、彼は呟いた。思いがけぬ吐露に何も返せない。首を傾げ、ニッと歯並びをのぞかせた笑顔はむしろ不気味だった。
『俺のそばで死ねばよかったのに』
倒錯的な響きに背筋が粟立つ。狩屋のそばで死ぬ。ああそうか、生まれる場所は選べないが、死ぬ場所は選べるのか。
「死ぬんなら、俺のそばで死んでね。先輩」
そう言って細長い小枝のような小指を強引に絡ませてくる狩屋はこの世のものとは思えないほど怖かった。
横倒しにした三日月形のように細められた彼の目は、確かに笑ってたのに。
*
「死ぬんなら、俺のそばで死んでね。先輩」
昼間と全く同じ台詞だが、状況は一変していた。霧野は返事の代わりに身動ぐも、狩屋の腕から逃れることはできない。
「勉強するんじゃなかったのか?」
「ここラブホですよ?するわけないじゃん」
「はじめは、勉強する予定だっただろうが」
ふいにキスがはじまる。ぬめる粘膜がこすれあい、くちゅといういやしい音で鼓膜が震えた。喘ぎに似た甘い呼吸音が重なり、酸素の不足も伴って抵抗力が鈍っていく。
「なんか…、先輩がいつか死んじゃうと思うと、今のうちにいっぱいやっとかなきゃなって…。ホラ?死を感じると、めちゃくちゃ子孫を残したくなっちゃうっていうじゃないですか」
ベッドに沈みながら狩屋の声をきいた。
「まあ俺たちじゃ精子の無駄遣いになっちゃいますけど」
生死のむだづかい
(せいぜい生きてゆきましょう)
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