君にしか頼めない
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「ねえ、キスしてみようか」
そう言い出したのは、神童の方だった。
「…なにいってんのさ」
笑みを溢しながら、軽い調子で彼に応える。
机に広げた参考書をペンを挟んで閉じ、右隣の彼に向き直った。
勿論、冗談だろうと思った。
受験が迫る秋の暮れ。
どことなく苛まれる焦燥感に、妙なことを口走ってしまったのだろう。
それに、
そろそろ、勉強を初めて5時間を超える。
容赦なく襲ってくる飽きに対して、鈍ってきた集中力を力任せに絞り出して抗っていたが、
正直、あまり頭に入っていない。
気分転換に、談話に興じても、いい頃合いだ。
だから、話題を投下してくれたんだな。
さすが神童。ベストタイミング。
そんな風に考えていた。
だから、
「霧野はいやか?」
真顔で聞き返されて、少し戸惑った。
神童は右手を止め、俺を真っ直ぐ見ている。
濃い茶色い瞳。
深くて、底無しの双眸から放たれる光に、
気圧され、
なんだか、つい、
視線を反らしてしまう。
「え…?い、いやっていうか…」
一般的にキスっていうのは、
愛し合う2人が、やるもので。
えっと。
俺達がやるには、なんかちょっぴり、ずれてるような。
気がします。よ?
あれ。
神童ってそこまで世間知らずだったっけ。
外国行きまくって日本でのキスの定義が曖昧になっちゃったのかな。
「…神童、キスって、あの、いわゆる口付け?」
チラリと彼の顔色を伺う。
「うん。そのつもりで言ってる」
真顔だ。
神童ってもともと冗談得意じゃないし。
これは、本気で言ってるのか。
「神童は、俺とキスしたいの?」
恐る恐る、問い掛けた。
神童は暫く考える素振りを見せたあと、
「わからない」
そういって、
真顔を崩し、首を傾げてへらりと笑う。
どことなく張り詰めていた空気が、彼の柔らかな笑みで緩んだ気がした。
「な、なんだそれ」
緊張感が溶け、
つい、笑みが零れる。
なんだ。
やっぱり軽い気持ちで言ったんだ。
安堵。
「ただね、不思議に思ってることがあるんだ」
神童がシャーペンを弄りながら、口を動かす。
「キスしたいという衝動は、何によってもたらされるんだと思う?」
キス?
それはえーっと。
え…っと、
「…考えてみると、唇と唇が重なる行為に、なにか深い意味があるとは思えないな」
「霧野もそう思うだろ?ほら。温もりを感じたいのなら抱き締めればいいし、愛の確かめあいなら、キス以上の行為が存在するじゃないか。」
…そう言われてみると、
キスが、まるで愛の進展度をはかるひとつの目安になっているのは、
少し不自然な気がしないでもない。
「…キスによってもたらされるモノってなんだろうな霧野。」
「うーん…」
キス、ねぇ。
確かに、キスだけ大々的に取り上げられ過ぎてるような気がするな。
例えば、
子孫繁栄とか、そういう理由があれば分かるけど。
キスって別に、なんもないよな。
暖かいわけでもないし。
「やっぱり、快感とか、そういう感じなんじゃないの?」
格別なんじゃないの。
ほら、柔らかいし。
「じゃあ、試してみよう霧野」
…あぁ、そうなるんだ。
「べ、別に俺じゃなくても、いいんじゃないかな」
「でも現時点で一番好きなのって霧野なんだ」
「ああー。うーん…。そっかぁ。」
それは、まあ、
確かに、俺が適任かもしれないけど。
けど…。
なんか、イケナイ気がする。
「それに、霧野、唇やわらかそうだし」
ん?
なんかその発言アウトな気が。
…ま、いっか。
右から左へ受け流そう。
「…し、神童は、いま、その疑問を解決したいのか?」
いまじゃなくて、
好きな人ができるまでまつとかさ。
神童ならきっとすぐ、彼女できるだろうし。
「いまがいい。」
「あ、そう…」
神童、意外と頑固だしな。
やっぱ、坊っちゃん特有の我の強さがある。
「じゃ、やってみる?」
「いいのか!!ありがとう霧野」
ぱあぁっと、神童の顔が輝いた。
まあ、神童だったらずっと一緒にいた幼馴染みだし。
「男同士だし、そんな過敏なることも…っうわ!!」
急に抱き寄せられたかと思ったら、
一瞬で口を塞がれた。
ち、ちょっと!!
はや!!
息が、
息の仕方がわからない。
そういえば俺コレがファーストキスじゃん。
「…っんぅ、ん…っ!!」
神童の肩を押すが、あまり意味がないっぽい。
グイグイ、押し付けられる。
くるしい。
どうやって息確保すんの。
「…ちょっ、や、しんど…っ、ぉ」
「…まだ」
「…えっ、ふぁっ!?」
まってまってまって。
こんな、
がっつりキス?
暫く好き勝手に口内を掻き回されて、
途中から押し倒され。
もう、
抵抗する気力もなくてされるがままで、
そして、
やっと、
解放された。
「…キスって、これでいいのか?」
唇を拭いながら、彼は呟く。
おい。
好き勝手に人の口の中蹂躙しといて、
なに、とぼけたこと言ってんだよ。
「もぉ、お前…、強引すぎ。苦しかったぞ…」
なんか視界滲んでるし。
ファーストキスが、
これって、刺激強すぎだろ…。
「ご、ごめん…。でも、わかった。キスのもたらすもの!!」
「え?なに…?」
俺あんまりわかんなかったのに。
「支配欲を満たしてくれる!!」
…神童、ちょういい笑顔。
いい笑顔で、
なんか怖いこといった。
「霧野は俺のものだって、気持ちになる」
「は、はぁ!?」
な、なに恥ずかしいこと言ってんの神童!!
ていうか、
顔熱くなってる俺も問題だよな。
ほんとは、キスも少し気持ちよかったし。
「霧野、声かわいかったなぁ」
「…っはぁ!?」
「あと、今の涙目の霧野もかわいい」
「…お、お前っ…!!は、恥ずかしいこというなぁ!!」
「もう一回いい?」
「…や、やにきまってんだろ!!」
え。なにこれ。
なんか。
心臓がどきどきしてる。
あぁ、もう…、
顔が、熱いんだけど!!
神童のばか。
君にしか頼めない
(俺達の境界線が、曖昧になっていく)
……………………………
こう、ギャグっぽくキスする拓蘭が書きたかったんですが、
なんか…。
なんだか…。
まあ、なんかこんなことしてる内に取り返しのつかない領域までいっちゃえばいいんじゃないかな!!
お互い親友って自覚なのに恋人以上のことしちゃってる拓蘭とかとても好きです。
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