君にぞっこん
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バレンタインも過ぎ、
何処と無くピンク色がかった浮わついた空気も、テスト期間の重っ苦しい雰囲気へと上塗りされてしまった今日この頃。
俺は、狩屋マサキはとても無気力である。
なんだか日々に張り合いがないというか、なんというか。
つまらない。
ぼんやりと、テキトーに遣り過ごすような毎日。
実は理由は薄薄感付いてはいるだが、それを認めるのは悔しいというか恥ずかしいというか。
まあ、取り合えず、些かの抵抗があるので、女子お得意の病み期。ということにして欲しい。
俺男だけど。
今日も、ダラーっと何事も無く過ぎていった。さっさと帰ろうと下駄箱へ向かう。
ふと、顔を廊下の窓へ向ける。
長く尾を引く雨が窓の枠から枠をひっきりなしに、落下して。
まるで、天から糸が垂れ下がって、空と地面を繋ぎ合わせているようなそんな色気も味気もない風景。
暗く沈んだグラウンドが、寒々しい水溜まりに侵されていた。
グラウンド、
ぐっちゃぐちゃじゃんか。
あーあ。
窓を開け、そこから少し身を乗り出して見れば、
仄暗い灰色の空から頻りに降り注ぐ滴が鼻の頭を掠めてく。
顔に跳ねた水滴を拭って、溜め息をついた。
冬の雨は嫌いだ。
寒いし、暗いし、冷たいし。
雨のばーか。
意味もなく空に内申悪態付いて、窓を閉めた。
空のばーか、とか、青春ぽくない?ほら、昔のスポコンアニメの台詞にありそう。
下らない事を考えながら黙々と歩き、あっという間に生徒玄関。
と、
其処で、ある人物に釘付けになる。
目を引く桃色。
学ランに違和感を覚える可憐な容姿。
あれはまさしく、霧野先輩。
さっきまでの気怠る体が嘘のように、背筋が伸びて、瞳が輝いた(気がする)。
心臓がちゃんと生きてるなって思えるくらい脈打って、何処からか、迸るエネルギー。
そこで、痛感する。
やはり、最近のダルさは、テスト期間で部活が無くて、彼に驚くくらい会えないのが原因なのか。
最早彼が、俺の生きる活力の一部であるという事実に、1人で勝手に赤面した。
まあいい。
さっそく霧野先輩不足を解消しようではないか。
只でさえ纏まりが悪いのに、今日はさらに湿気でピョンピョン跳ねまくりの猫っ毛を無理矢理撫で付け、下駄箱で佇む彼の肩に手を置く
「き、きり野先輩」
あ。やべ。噛んだ。
久し振りだから、噛むかなとは思ったんだけど。
ていうか。
あんたこんなに身長高かったっけ。
脳内の先輩はもっと小さかったんだけど。そりゃあもう俺があんたをお姫様だっこできるくらい。
現実と理想の無慈悲な違いに、出だしから打ちのめされた。
同時に、彼が此方を向く。
「あぁ、狩屋じゃないか。ひさしぶりだな」
ドッキーーン!!
思わず脳内で少女漫画お馴染みの効果音が鳴り響く。
彼に、俺は完全に参ってしまっているようだ。
証拠に、
彼が此方を向いて微笑んだ瞬間、心臓が有り得ないくらい膨脹して、喉が詰まって肺が潰れて、瞬き一回分くらいの刹那の間呼吸が止まった。
彼の放つ目映いオーラに、立ち眩む。
崩れ落ちそうになるのを必死に我慢。
魅力が惜し気もなく迸るその笑みから逃げるように、俯いて、ゴムの剥げかかった上履きの先端を見詰めた。
上履きくん。
どうしよう。
久し振りの霧野先輩、威力が8割増。
ガンバっテ。カリヤくん。
心の中で靴との会話を繰り広げながら、不意打ちの笑顔にノックアウトされかけた自身の回復を待つ。
しかし、彼は待ってくれるわけもなく。
「どうした狩屋。具合悪いのか?」
「イエ。だいじょうぶです」
「じゃあなんで俯いてるんだ?」
「眩しいんで」
「…?。今日は太陽出てないぞ」
太陽じゃなくて、あんたが。
そんな台詞サラリと言えたら、こんな風に俯いたりしない。
一度膨脹して調子に乗った心臓はもうすっかりハジケちゃって、心筋をフル活用させて、キャパギリギリの律動速度を保ちながら血液を血管の末端に叩き付けてくるし。
ドクドクと循環していく血液が、管の壁を物凄い勢いで擦っていくものだから、生じた摩擦熱で血液が沸騰してしまいそうで。
時間がたつ毎に、回復は愚か、彼の微笑みの威力が毒の如く全身を回って、体が熱くなってくる始末。
ほんとに、
どうして、
あんたはそんなに素敵になんだよ。
俺はあんたにぞっこんだ。
少し会えたくらいで、
生きるぜーって思えるくらい。
「あ。そうだ狩屋」
「なんですか」
「お前傘持ってない?」
「持ってますよ」
「良かったらさ、入れてくれないか?俺、傘忘れちゃって…」
思わず、顔を上げた。
まさかの。
相合い傘。
いやいやいやいや。
久し振りで可愛さ8割増の霧野先輩と相合い傘なんかしたら、俺、
俺…、
だけど、可愛いあんたのお願いを断れるわけもない。
…あぁ、もう。
空のばーか!
君にぞっこん
(相合い傘とか近すぎて、逆に死ぬ)
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