短編。 | ナノ





修羅場(蘭出ない)
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「狩屋さぁ、いいかげん、霧野のことは諦めろ」


唐突な俺の言葉に、彼は動きを止め、顔を此方へ向けた。


驚愕に見開かれた瞳が、俺を捉える。



彼のアーモンド型の瞳に、飼っている愛猫がチラッと頭を過ったが、長い睫毛に縁取られた瞳から放たれる眼差しは鋭利で、


飼い猫というより、粗悪な野良猫を彷彿とさせた。



まあ、実際、

霧野を横取りしようとしてる小汚ない泥棒猫だから、仕方ないか。




失笑が漏れる。




苛々するんだよ。

お前。

身の程を知った方が、いいんじゃない?





狩屋は暫く剣呑な表情で俺を見詰めた後、フッと口元を弛め、冷笑に似た微笑みを浮かべた。


挑発的な態度。


思わず、眉間に皺がよる。



「いやに決まってるじゃないですか」




わざとらしい快活な口調が、脳内で幾度も反響する。

無邪気さを装うように首を傾げてみせる、彼の芝居染みた仕草が癪に障り、拳を握り締めた。






あぁ、


もう本当に苛々する。


霧野は俺のなんだよ。

わかんない?






「霧野とずっと一緒にいたのは俺だ」


だから、霧野に相応しいのは、俺なんだよ、狩屋。


飛び入り参加のお前に勝ち目なんか無いの。


「だから?そんなの関係ないですよ。過去なんか、どうだっていいんです。大事なのは今でしょ?」


「いけしゃあしゃあと…。自分の暗い過去チラつかせて、霧野の同情を引いてるくせに」



途端、狩屋の表情が歪む。

狼狽したように視線を泳がせ、若干伏し目がちになりながらゆっくりと口を開いた。


「知ってるんですか。俺が…」


「捨て子だってこと?」


「…………っ!?」



そうそう、


その、態度。


普段は生意気なくせに、たまにそういう弱い顔して、優しい霧野の気を引くんだよな?


霧野は、弱者に弱いから。


苛々する。



彼の小柄な体躯を追い詰めた。

壁に手をついて、

威嚇に光る、上目使いの瞳を見下す。



本当に、野良猫みたい。


また、失笑。




「…なあ、捨て子のお前に、霧野は勿体無いだろ?」


霧野は、あんなに素晴らしい人なんだよ?


可憐で聡明で、慈悲深くて。


俺の、最愛の人なんだよ?


「…その言い種、自分だったら釣り合うとでも言いたげですね」


「少なくとも、お前よりはな」


「…わかんないですよ。もしかしたら、霧野先輩が俺を選ぶかもしれないじゃないですか」


「あり得ないよ。そんなの。霧野は絶対俺を選ぶ。お前、俺に勝てる要素あるのか?」


嘲笑混じりに言葉を紡ぎ、彼の表情が弱々しくなっていく様を、見下し続ける。

泣きそう。

無様だなぁ。


確かに、そういう顔、庇護欲を煽るかもしれない。


普段の態度と相俟って、

不幸ぶりながら、可哀想な少年演じてるお前だったら、ちょっとは優しくしちゃうかも。




「なぁ、狩屋?」


もう、これ以上、霧野に近付くな。

かえってお前が傷付くだけだよ?



「お前に勝ち目なんか無いんだよ」




怖じ気づいたのか、


下を向く彼の頭へ、言葉を吐き捨てた。






と、


ここで、


唐突に、





「…俺、神童先輩がうらやましい」



そんな狩屋の声が

静寂に響いた。




俯く彼の顔色は伺えない。


「いきなり、なんだよ」


脈絡の無い彼の言葉に、困惑。


そんな俺に構わず、

独り言のように呟く彼は、淀み無く言葉を紡ぎ続ける。


「俺が持ってないもの、なんでも持ってるじゃん…」


幸せな家庭も、心配してくれるような家族も、友達も、先輩も、後輩も。

みんなが振り向くような容姿も、優しさも、正義感も、かっこよくて頼れるみんなのキャプテンという立場も。





そして、霧野先輩も。





「…いいじゃん。いっこくらい」



狩屋は、顔を上げた。


泣き顔を、無理矢理笑顔に歪めたような痛々しい作り表情に、思わず、息を飲む。






「霧野先輩くらい、ちょうだい」









あぁ、

そうだ。


俺が恐れているのは、これ。



狩屋は、俺にない、決定的な強みを持っている。




『弱さ』という、霧野の弱点を突くような最大の強みを。





あぁ、苛つく。



前言撤回。


可哀想な少年演じてるお前、



優しくしちゃうかもだなんて、有り得ないや。







不幸ぶんなよ。







うざい。















俺は確かに、お前にないものを沢山持ってるかもしれない。



だけどさぁ、







俺が本当に欲しいのは、






霧野だけなんだよ











修羅場
(君が手に入らないのなら、俺だって不幸だ)


















…………………………


あとがき



狩屋くんは演技でもガチでも美味しいです。


神童くんごめんね…

なんか悪い側面が全面に出ちゃった…



















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