消えない傷
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今日は空が特別きれいで、お昼を携え、外へ繰り出してみた。
中庭には誰もいない。
貸しきり状態。
たまにはお昼休みの喧騒から距離を置いて、澄み切った青空の下、ゆったりとお弁当に舌づつむのも悪くない。
ほんのり甘い卵焼きをかじる。
あぁ、美味しい。
細やかな幸せに、顔を緩ませる。
と、
背後から、足音が。
「…先輩、いた」
「…!!」
気配を感じたと思ったら、耳元で、突然の囁き。
口に頬張っていた卵焼きをすんでのところで吐き出しそうになり、相当な塊を無理に飲み込んでしまった。
どこかに、突っ掛かる感覚。
慌てて傍のペットボトルを掴み取り、口の中へお茶を流し込む。
ゴクリと喉を鳴らせば、息苦しさは胃の奥へ。
危機を脱したことに対し、ほぅっと息を付いた。
そして声の主を確認しようとした瞬間、視界の端に飛び込んできたのはくすんだ水色の髪の毛。
あぁ、
やっぱりアイツか。
隣に何の躊躇いもなく腰を下ろした彼の肩を、口を拭いながら、肘で軽く小突く。
「狩屋、急に耳元で囁くな。」
全く。油断も隙もない。
彼の前で卵焼きを吐くという醜態を晒したら、写メとられてお腹抱えて笑われて、卒業までからかわれ続けるに決まってる。
そして、悪戯好きの彼の事だ。
これで、終わらないことは分かってるんだぞ。
例えば、お弁当から好物の唐揚げを奪ってきたりするんだよなコイツは。
長年の付き合いで培われた経験から彼の次の行動を推測し、すかさず唐揚げを箸で突き刺して口へ運ぶ。
ほくそ笑みながら、
彼の「あー!!」みたいな、不満気な言葉を待った。
しかし、
「…すいません」
彼は一言呟いただけで、何かをしてくる様子が伺えない。
え。素直。
どうしたお前。
唐揚げに噛み付きながら、然り気無く彼の顔を盗み見た。
いつもの余裕に満ちた笑みが失せていて、眼光が鈍っている。
そして、はあはあ肩で息をしていて、
乱れた髪型を手で撫で付けながら、脱力したように俯いた。
もしかして、
俺の事、走って探してた…のか?
途中で口を止め、彼に顔を向ける。
髪の毛向こうの彼の顔が、若干青ざめて見えるのは、水色の髪の毛のせいだろうか。
「…狩屋、俺になにか急用か?」
例をあげるのなら、相談事とか、心配事とか。
取り合えず、何か、あったっぽい。
狩屋がゆっくりと顔を上げる。
長めの前髪がサラリと揺れて、彼の左目を覆った。
(…えっ!?)
涙?
思わず、言葉を失う。
彼の顔を見詰めた状態で、暫く固まってしまった。
水色の簾がかった前髪の奥で、黄色い瞳が、確かに濡れている。
彼は呼吸を乱したまま。
切羽詰まったように、目を開いて、
口を動かした。
「…先輩、なんで、こんなとこにいんの」
全く以て予想外な彼の言葉に、「え?」と、疑問の声が漏れる。
「いつも、教室で、ごはん食べてんじゃん」
居なくなっちゃったかと思った。
彼はそう続けるなり、
左手を、ぎゅうっと掴んできた。
その時の余りの真剣な眼差しに、ふざけてるのではないと悟る。
狩屋、どうしたんだよ。
突然。
戸惑ってしまい、何も言葉が出てこない。
「すっごい、すっごい、探したんだからな…」
掠れた声。
脆弱なのに、やけに鼓膜を唸らせる。
彼は、俺の左手を引き寄せ、掌を自らの頬に宛がった。
「勝手に、どっかいくなよ…」
あぁ。
わかった。
『おれね、お父さんとお母さん、いないんですよ』
甦ってきたのは、以前聞いた彼の生い立ち。
と、
その時の、痛々しい作り笑い。
余りに痛切な彼の言葉に、抗うという気持ちも失せていく。
輪郭に沿うように指を曲げて、彼の頬を覆った。
狩屋は、少し驚いたような表情で俺を見詰めた後、
俺の手に重なるように自分の手を乗せ、
安堵したように目を閉じた。
「あぁ、…霧野先輩だ」
あったかい。
瞼の端から一筋涙が零れ、
指が、濡れる。
あぁ、
そうだよなぁ。
お前が普段、明るいからって、
消えてるわけないよな。
あの傷は。
ごめんね。
「もう、どこにもいかないから」
彼が瞼を開ける。
上目遣いの黄色い瞳が、俺を捕らえた。
笑いかけると、
彼も、
微かに潤んだ瞳を楕円に歪めて、
心底安堵したような微笑みを返してくれた。
「…本当?」
「いかない」
「そっかぁ…」
良かった。
ずっと、
そばにいてね
消えない傷
(だけど、いつかは)
……………………………
あとがき的なもの
うーむ。微妙なでき。
正直書き直したいけど時間ない…
あの狩屋くんの態度は、今日が偶然、施設に入った日だったみたいな解釈してほしいです。
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