キャラバンの中だと思ってください
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「ねむ…」
隣から、そんな呟きが。
ぼんやり眺めていた景色から焦点をずらし、
窓にうっすら映る霧野先輩を盗み見ると、
深く俯いて、
明らかに今から寝る態勢。
桃色の髪が顔を覆うように垂れ下がり、
車が揺れる度に、きらきら動いた。
「…席、変わりましょうか」
此方側なら、寄り掛かれて楽ですよ。
窓に映る先輩に向かって、話し掛けた。
返事がない。
もう、寝ちゃったかな。
「せんぱーい…」
振り返って、顔を覗き込むようにして呼び掛ける。
ドキ。
思った以上に彼の整った顔が近くて、心臓が跳び跳ねた。
ずいぶんと、綺麗な寝顔。
一瞬で引き込まれ、暫し見蕩れる。
閉じられた瞼の縁に生えた長い睫毛が、彼の滑らかな肌によく映えていて、
桃色と乳白色のコントラストが放つ、妙な、色香。
軽く結ばれた唇が、
柔らかそうで、
無意識に、自分の唇を舐めていた。
うっわぁ、
舌舐めずりとかだったら、どうしよう。
俺、さいてい。
唇に手を当て、自分にドン引きしていると、
先輩が瞼を開けて、軽く頭を上げた。
「…!」
突如現れた翡翠の瞳に、慌てて顔を背ける。
見てたのバレたかな。
若干俯いて、前髪を指で梳きながら上目遣いに窓を見た。
なんだか顔が紅潮しているような気がして、ますます焦る。
かっこわる。
「狩屋、いま、なんか言ったか…?」
「…え、えっと、席、変わりましょうか?此方のほうが楽でしょ?」
前髪を弄る指と指の隙間から、然り気無く彼の顔色を伺う。
寝惚け眼の先輩、いいなぁ…。
少々乱れた髪型が、何故か愛らしい。
先輩は、
微睡んだ目を擦り、小さく首を振った。
「…大丈夫。それにお前、酔っちゃうんだろ?一応、窓際にいたほうがいい」
「そうですか」
正直、
乗り物酔いどころじゃないんだけどね。
先輩と隣同士だから。
平静を取り繕うのに精一杯っていうか。
「気持ち悪くなったら、遠慮しないで窓開けちゃっていいからな」
「………はい」
なんだか、
いつも、あんたの方が一枚上手っていうか。
こういう風に、優しいんですよね。
あぁ、
すごい好きだよ。
あんたのそういうトコ。
だけど、引っ掛かる事が一個ある。
俺の方だけが、あんたのカッコいい言葉にときめいてるんだろうなぁって、事。
片想いだし。
しかたないかもだけど。
むかつく。
だからさぁ、
「じゃあ、俺に寄り掛かります?」
なーんて、
こんな台詞も吐きたくなっちゃうのが、男ってもんでしょう。
どーよ。
このイケメンっぷり。
斜め45度の微笑み。
ほら。
俺の男前発言にときめけばいいよ。
…ん?
あれ。ちょっと待って。
今の発言、別におかしくないよね。
大丈夫だよね。
疲れた先輩を労る気の利く後輩だよね。
下心なんか、見えてないよね。
やべ。
言ってから、心配になってきた。
なんか、先輩がめっちゃ俺のこと凝視してる。
すっごい怪訝な顔してる。
バレたか。
下心。
先輩と恋人っぽい事したいっていう邪な気持ち。
これじゃ、
男前どころか、とんだむっつり野郎じゃんか。
「…狩屋」
「…えっ!?な、なんですかぁ」
声裏返った。
死にたい。
些細な事だが、好きな人の前で晒した醜態としては、羞恥するのに申し分無い格好悪さ。
下心、白状したも同然じゃんか。
動揺するとか、
ばっかじゃねぇの…
と、
自己嫌悪に苛まれていると、
トンと、
右肩に、重力が。
全ての動きが静止。
呼吸とか、脈拍とか。
眼球が錆び付いたように、なかなか、
動いてくれなくて、
油を指してやりたくなった。
やっと、ぎこちない動きで視線だけを右へ送ると、
視界に飛び込んできたのは、あの鮮やかな桃色頭。
あまりの衝撃に、
毛が、逆立った。
「そんな優しい奴だっけお前」
「せ、せんぱ…」
「ありがとな」
「…っ!?」
不意打ち。
この至近距離で、
しかも、俺に身を任せたまんま上目遣いして、
微笑むのは止めてください。
(…かっわい)
心臓が、破裂しそう。
煩い心臓を抑えるように、握りこぶしを押し付けた。
「じゃ、ついたら起こして」
えっ!?
ちょ、ちょっと。
は!?
「きり…せんぱっ」
「狩屋おやすみ」
「お、おやすみ、なさい…」
緊急事態。
唐突に霧野先輩が寄っ掛かって来たから、心の準備が不十分なんだけど。
自分で提案しといて、何だけど、コレ、やばいわ。
心臓とか。
いろいろ。
だってさ、
密着率が、今までのスキンシップと比じゃない。
右半身が、あったかいもん。
所謂、先輩の温もりが俺に伝わってきちゃってる訳でしょ?
どうしよう。
心臓の音まで、伝わっちゃったら。
「せんぱーい…?」
あ。もう寝たの。
まじかよ。どうしよう。
「………。」
必然的に、黙る。
微動だに出来ない状況に、呼吸の仕方がわからなくなってきた。
視界の端に映るのは、肩から腕にかけて零れ落ちる彼の綺麗な髪。
指に絡めたいと思うのは、俺がガキだから。
あの、柔らかそうな唇から漏れているのであろう微かな寝息が鼓膜を震わす。
部活をやっているときとは全く違う穏やかな息遣いに、思考が掻き乱される。
(…キスして口を塞いだら、どうなるの先輩)
苦しくなって、起きる?
あぁ、もう。
なに考えてんの。
できるわけねーくせに。
鼻腔を擽る彼の匂いに、頭がくらくらする。
どっから香ってんの。
髪の毛?服?肌?
それとも先輩全部から?
視線を落とせば、彼の手が無防備に投げ出されていて、
触れようと思えば、
触れられる。
先輩が、
こんなにも、近くて。
たえられず、
窓に顔を向けた。
窓に映る自分の顔が、
眉が下がって、目元が弱々しくしょぼくれて、
情けなく歪んでいる。
心なしか、涙目で。
絶対、頬は、真っ赤かだ。
火照った顔を手で覆い、自分の心のキャパシティの狭さに心底へこんだ。
あれ。俺ってヘタレだったの。
まじかよ。
(…俺、息、荒くないよな)
そう思った矢先の、
「…ん」
先輩の小さな唸り声。
「…っ!?」
思わず、
両手で口を覆う。
(息の音で、)
(先輩おきちゃう…)
最小限の空気を、吸い込んで、吐いていく。
出来る限り、胸とか、肩が動かないように、
全身の弾力性を押さえ付けた。
苦しい。
俺ってさぁ、
あんたがこんなに近くにいたら、
ガキみたいに情けなく畏縮しちゃうんだ。
絶対に、
キャプテンより、
カッコよくエスコートできると、思ってたのに。
あぁ、もう、
(くそ、)
(かっこわる…)
好きな人の前で背伸びして、
カッコよく、大きく見せたかったのに、
逆に、
自分の小ささを思い知っちゃうだなんて。
そんな、
(……っ)
そんな、
かっこわるい俺も、
いつか、あんたを振り向かせられるのかな。
キャラバンの中
(隣の君が、近すぎて)
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