簡単なおまじない。
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傍らに転がった霧野先輩のシャーペンを手に取った。
華奢な造型に指を絡め、暫し、眺める。
使い込んでるんだ。
模様が所々、剥げ落ちてる。
まあ、
あの人らしいけど。
シャーペンをノックした。
(好きな人と、)
(自分の名前の文字を足した数だけシャーペンをノックして、)
(その芯を折らずにハートを書けたら、)
(両思いになれるんだっけ…)
お呪いに興じるだなんて、我ながら乙女チック。
女々しい。
自嘲気味に、呟いた。
カチ、カチ。
伸びていく芯の先端を見詰める。
先輩の名前、『蘭丸』だよね。
霧野蘭丸、ねぇ…。
随分、雅な名前。
綺麗だ。あの人にぴったり。
いつか、蘭丸って呼んでみたい。
蘭丸先輩、って。
どんな反応するかな。
キャプテンでさえ、名前呼びじゃないんだよね。
…マサキって、呼び返してくれたりして。
あの、綺麗な目を細めて、
目眩を起こすような、無垢な笑顔で。
「マサキ」
って、
…あはは。
なーに、ゆめみちゃってんの。
有り得ねぇよ。
ばーか。
13度ノックし終えて、
思わず、眉を潜めた。
なんだ、案外、短いじゃん。
なんか、拍子抜け。
爪で軽く弾く。
芯は、全く、動じない。
シャーペンを構え直し、
字の羅列を避けるようにして、紙の右端へ、そっと触れさせる。
右手が震える。
不安定。
芯が、
ほんの少し、湾曲した。
限り無く力を抜きながら、そうっと芯先を滑らせる。
華奢な芯が、微かに軋む感覚。
か細い線が、頼りなく震えながら灰色く伸びていく。
やがて、白い紙に浮かび上がったのは、
歪なハートの輪郭。
左側に片寄って、谷間がやけに深い、不格好なハート。
呆気なく線が結ばれて、
おまじないは無事、
「成功、しちゃったわけ…?」
ポキン。
乾いた音をたてて、芯が折れた。
つい、
腕に、力が入っちゃった。
「ばっかみてぇ」
そんな言葉と共に、
ハートの中心に稲妻を走らせた。
鼓膜を唸らせる「ビリビリ」という効果音は幻聴?
真ん中にヒビの入ったハート。
これだけじゃ、
もの足りない。
ペンを走らせ続ける。
バッテンを刻んで、その上からさらにバッテン。
バッテン。
バッテン。バッテン。
最早、ハートだと認識不可能。
黒い線が、乱雑に重ねられていく。
粉が飛んで。
シャーペンの芯が、何度か折れる音。
その度に、カチカチと、無機質なシャーペンのノック音。
力任せに書き殴られて歪むノートの端に、容赦なく叩き込まれていく黒。
真っ向から否定され、
汚ならしく芯の粉を吹き、沈黙するそれに、
苛立った。
汚いなぁ、真っ黒じゃん。
ぐっちゃぐっちゃ。
まあ、自分でやったんだけどね。
俺にぴったりじゃん。
この真っ黒具合。
独占欲と、
執着心と、
依存症と、
偏った自己愛が混ざり合ったみたいな色。
ていうかさぁ、
もうさぁ、
こんなんで、あの人が俺を見てくれるなんてあり得ないよ。
あり得ない。
こんな、簡単じゃねぇんだよ。
だって、先輩は、
あの、完璧な王子様みたいな人が好きなんだもん。
俺なんか、ぜんぜん、
見てくれない。
あぁ、
苛々する。
先輩が、嫌いになりそう。
黒いぐちゃぐちゃとしたものに成り下がった、
落書きの、
鉛色に光沢を放つ真ん中辺りに指を滑らした。
指の腹の皺に芯の粉が入り込み、指紋が黒く浮かび上がる。
汚れを親指で擦れば、
細かな粉がさらに削れて、
鉛色の面積が広がっていくばかり。
あんたへの思いを塗り潰しても、更に色濃くなるだけ。
それは、
否応無しに俺を汚し、
拭っても、拭っても、
消えない。
先輩がなめてくれるなら、この汚れもおちるのに。
ねぇ、
なめてよ。
俺の真っ黒な気持ち、
飲み込んでください。
おまじない
(君への想いが、黒光りする)
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