花盗人
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「…花盗人は罪にならない″」
独り言のつもりで呟いた。
だから、隣の幼馴染みが此方を向いて、
「なんだよそれ」
と、自分に問い掛けてくるとは思わなくて、
いきなり、視界に飛び込んできた大きな瞳の輝きに、
一瞬仰け反ってしまった。
目前に迫る端正な顔立ちに、心臓が高鳴る。
霧野の瞳に、目を真ん丸く見開いた自分の顔が映っていた。
…動揺しすぎ。
自分に突っ込む。
「神童なんか吃驚してない?」
繊細だなぁ。さすがお坊っちゃん。
そう続けて、
霧野は歯を覗かせ、悪戯っぽく笑った。
細められた目に、桃色の睫毛がかかる。
細く長い睫毛は光に透けながら、翡翠の瞳に華やかな彩りを加えた。
その神秘的なコントラストはまるで、
蘭の花のようで。
ああ、綺麗。
つい、見蕩れた。
「ハナヌスビトってなに?」
霧野が口を開く。
薄い唇は花弁のよう。
彼の少女と見紛う容姿は、周囲と逸脱して可憐だ。
鮮やかな桃色の髪もそれを更に際立たせ、どうしようもない胸の疼きが襲い掛かってくる。
出来ることなら、
彼に触れたい。
桃色の柔らかそうな髪に指を絡めて、優しく梳きながら抱き締めて。
大好きだよって、
耳元で囁いて。
そして、彼の淡く紅色の頬を手で包み込んで、潤む翡翠の瞳に応えるようにキスをして。
甘く掠れる彼の声を、
髪と共に乱れていく呼吸を、
彼の温もりを、
すべて、感じてみたい。
自分のものにしてしまいたい。
「…神童、具合悪いのか?」
霧野の声で、我に帰った。
思い描いていた幻想がパチンと弾ける。
怪訝な表情の彼に、作り笑いを浮かべて誤魔化した。
「ごめん。ちょっと、考え事してた。大丈夫だよ」
「…あんまり、無理すんなよ?」
霧野の優しげな眼差しを受け、先刻の空想を恥じた。
彼に対して、あんな邪な感情を抱いてしまうなんて。
霧野はこんなに優しいのに。
罪悪感にチクチク痛む胸に、ぎゅっと握り拳を添えた。
ああ、俺はなんて我儘なんだろう。
「…さっき、霧野、なにか質問したよな?」
突然の俺の言葉に、霧野はえ?っと疑問の声を洩らしたあと、
考える素振りを見せながら、口を開く。
「あぁ、たしか、ハナヌスビトってなにって、言った」
霧野は柔らかく笑む。
無垢な笑顔にズキリと心臓が痛んだ。
自分の醜さを責められているようで。
「…ハナヌスビトはね、花を盗む人って書くんだ。花泥棒のことだよ」
花盗人は罪にならない″っていうのは、そのままの意味。
そう続けると、霧野は「いや、罪だろ」と言って苦笑する。
「まあそうなんだけど…」
「花だろうがなんだろうが、盗人は罪だ」
霧野が、少し此方に身を乗り出す。
肩から髪がサラリと零れ、桃色に煌めいた。
桃色の髪は彼の白い肌によく映える。
すごく、綺麗だ。
霧野は、すごく綺麗。
あぁ、ごめん、大好き。
ほしいよ。
霧野が。
「…えーっとね、まあ、いわゆる例えだよ」
美しいものを前にして沸き上がる独占欲は、仕方がないのだ。
そういう意味。
(君に抱くこの気持ちも、)
(罪に、)
(ならないよね)
花盗人
(綺麗すぎる君がいけないんだ)
……………………………
アトガキ
狂言の『花盗人』より。
まあでも
花盗人は罪にならない
って、口説き文句のようなモノですよね。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -