ギャップ
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「霧野先輩、大丈夫ですか?」
桃色の前髪を少し掻き分け、額を手のひらで包む。
やっぱり、熱い。
自分の額と比べると、明らかに数段体温が高い。
頬はこのとおり真っ赤だし、こりゃ重症だ。
先輩の座る椅子から離れ、保健室を見渡す。
棚の上の文房具立てに突き刺さった体温計を探し当て、霧野先輩へ差し出した。
「先生いないけど、先に計っちゃいましょう。」
「…ごめん」
普段より掠れた、弱々しい声色。
先輩は、言われるがままに体温計を受け取る。
随分と緩慢な動き。
辛そうだ。
「いきなりぶっ倒れるんですもん。吃驚しました。」
数分前を思い返し苦笑する。
鍵当番で一番乗りに来てみたら、いつも通り、霧野先輩が異常に早く来て。
そそくさと準備を始める先輩に、
邪魔してやろう。
と、いつもの悪がき魂が疼いてしまった。
どっかーんジャンプよろしく後ろから飛び付いたら、
そのまま、先輩ぶっ倒れちゃって、
予想外の展開に大慌て。
よく見ると、先輩の顔色が悪い。
しかも、なんか熱い。
そうして意識が混濁した先輩を担いで、
保健室まで半ば無理矢理連行してきたというわけだ。
(いいっていわれたけど…)
平気だよ。大丈夫。
そんな言葉を繰り返して、先輩は、覚束無い足取りで俺から離れようとした。
だけど、実際、後輩の力に抵抗する気力もなかったらしく、
結局、
ここまで連れてきてしまった。
ていうか、あんなふらふら状態でほっとけるかよ。
(…先輩って、人に心配されるの苦手なんだ)
なれてなさそう
見るからに。
いつも、心配する側っていうか。
そして、俺は心配するの苦手です。
どうしよう。
病人にどう接したらいいか分からない。
取り合えず、おでこ触って熱の有る無し確認はよく見るからやってみた。
額を直接ぶつけようか迷ったけど、なんか、上手く出来る気がしなくて(鼻とかぶつかったらどうすんだろ。アレ。気まずいじゃん。)、無難に手にした。
ていうか、
「先輩、体温、はかんなきゃ」
なに、体温計持ったまま、
ぼけっとしてんの。
虚ろな目が俺を捉える。
暫くそのままぼうっとして、
「…あ、そっか」
やっと小さく呟き、体温計をケースからぎこちなく取り出し始めた。
あ。
やってあげた方が良かったかな。
今さら遅いか。
そういう考えに至り、体温計ごときに悪戦苦闘する先輩を見守る。
なんか、可愛いぞ。
先輩が素直で、すごくかわいく感じる。
すると、手を滑らせ、体温計を落とす先輩。
「先輩、平気ですか?」
屈んで、体温計を拾った。
「…ごめん」
先輩が申し訳なさそうに俺を見上げる。
うわ。
きゅんときた。
目とか潤んでるし、ほっぺた赤いし、ちょっとこれは、やばいな。
有り体に言って、可愛らしいな。
庇護欲をそそるっていうか、何か、してあげたくなる。
母性ならぬ父性本能が働くのには、十分すぎる可憐さ。
よし。
見守るの終わり。
先輩のワイシャツに手を伸ばす。
そして、ボタンに手をかけた。
「…ちょっ、ちょっと」
わずかに抵抗の意を示す先輩に、構わずボタンを開ける。
「体温計つかうのもしんどいんでしょ?俺がやりますよ」
「…じゃあなんで、わいしゃつ、ぼたんを」
「じゃないと脇に挟めないでしょーが。本当に、大丈夫ですか?」
あ。そっか。
みたいな顔して、先輩の動きが止まる。
されるがままになる霧野先輩。
なんか、自分で言ってみたはいいけど。
病気で意識朦朧とした先輩(しかも美人)の汗の滲むワイシャツに手をかけて、2,3個ボタンを外していってる今の絵面ってどーよ。
すっごく、妄想が掻き立てられるんですけど。
まあ、先輩男なんだけどさ!
でも今の先輩、なんかすごく可愛いんだよ!
こう、ぐったりしてて。
大人しくて。
頭に蔓延る欲望を振り払いながら、
必死に冷静を取り繕い、当たり障りのない会話をする。
「先輩さぁ、たまには、人に頼ってくださいってば」
「…で、でも」
「じゃあ、はい。あと脇にコレ挟んでください。」
「あ、…ごめんな」
ああもう、
ごめん何度目だよ。
ありがとうって言って欲しいんですけど。
先輩は胸元を広げて、体温計を脇に挟む。
はだけて露になった肌に、思わず視線が行くが、前髪を弄って誤魔化す。
俯いて、
上履きの剥がれかけたゴムの部分を見詰めた。
いくら美人と言っても男なんだからな。
心の中で呟いた。
「…かりや、もう、ぶかつ戻っていいぞ」
先輩の言葉に顔を上げる。
時計に目をやると、もう、とっくに部活の始まっていた。
「ごめんな…こんな、付き合わせちゃって」
こんなときまで、後輩のこと考えてるとかすごいな。
いつも偉そうに先輩面してるだけあるじゃん。
「大丈夫ですよ。天馬くんに連絡しといたんで」
「でも…」
と、
途中で先輩の言葉が止まる。
先輩が壁にグッタリと寄っ掛かった。
俯いて、長めの前髪が目にかかってしまい、顔色が伺えない。
だけど、
荒い息遣いで、どれ程辛いかは、推測できる。
「先生がくるまで居ますよ。」
「え…、いいよ。だいじよぶ…」
「具合悪いときひとりって、寂しくないですか?」
一緒にいてあげます。
そう続けて、言った傍から顔が熱くなるのを感じた。
なんか俺その場の雰囲気に流されて、恥ずかしい台詞言った気がする。
すると、先輩が少し顔を上げる。
鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔。
目を丸くして、此方を見詰める。
なんだかその顔が可愛くて思わず笑いかけると、先輩も柔らかく微笑んで、口を開いた。
「…かりや、ありがとう」
ドッキン。
少女漫画みたいな音がした。
なんか倒れそうになった。
踏ん張って耐えたけど。
なんだこれ心臓のあたりに、物凄い衝撃が。
動悸がする。
先輩に釘付けになって、どうしようもない。
虚ろな瞳はうるうる、照明に煌めいて
頬は紅潮してて、声は甘く掠れてて、
滅茶苦茶に、
可愛い。
目が眩むほどの、可愛らしさ。
え。なに。あんただれ。
ほんとに霧野先輩?
なにこれ。なにこの胸の高鳴り。
すっごく抱き締めたい。
すっごく抱き締めたい。すっごく頭撫でたい。すっごく手握りたい。すっごく指絡めたい。すっごく髪に触りたい。
可愛い。
先輩って、こんなにかわいかったんだ。
無駄に美人だし、顔だけならイケるとは常日頃思っていたけど、
なんか、いまのおれ、
性別とかどうでもよくなってきた。
ていうか、性別ってなんだっけ。
先輩って男だっけ女だっけ。なんだっけ。
もう先輩くらい可愛かったら、なんでもよくね。
ついていようが、ついてなかろうが、どうでもよくね。
だってこんなに可愛いんだもん。
抱き締めてもいいよね?
我慢できないや。
ピピピピ。ピピピピ。
葛藤に負けそうになった瞬間、ベストタイミングで電子音が鳴り響く。
不自然に伸ばした両腕を慌てて、体の後ろへ組ませた。
「せ、先輩、体温計、鳴りましたよ」
「あ…、ほんとだ」
セーフ。
良かった。危ない危ない。男に下心有りで抱き着くという一戦を越えるとこだった。
わかった。
俺ってギャップ萌えなんだ。
俺の初恋は風邪引き霧野先輩。
なんか、すごいアブノーマル。
いろんな意味で。
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