涙は女の武器なんだっけ?
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『君の対しての有効な武器でもあるけど』
霧野蘭丸。
俺が彼に一番近い存在で、
勿論、彼も、俺の事をそう考えてくれていると思っていた。
幼馴染みという立場に甘んじてるのも、
その自信の表れで、
霧野へ告白して、玉砕していく人達を、
見下していた。
高みの見物。
霧野が苦笑しながら「断るの、憂鬱だ」と哀しそうな表情を浮かべる度、
俺は安堵した。
(その人は、霧野にとってその程度の存在だったんだ。)
霧野にとって、
悩む暇もなく、煩わせる暇もなく、
きっぱり、断られるちっぽけな存在だったんだ。
って、
安堵して、
同時に少し、快感だった。
ざまあみろって。
なのに、
……………………………
「神童、俺、告白されたんだ」
あ。男に。
付け足して、霧野は苦笑する。
改まった言い方をするものだから、もしかして異性にかと、一瞬、身構えたのだが、
霧野の苦笑に、ほっと息を付いた。
自室のソファに腰を下ろし、霧野を隣へ手招きする。
「ありがとう」
霧野はソファに身を沈め、溜め息をつくように深く呼吸した。
また、断るのが、憂鬱なのだろう。
彼は、優しいから。
「霧野、またか。」
霧野は表情を曇らせながら軽く頷く。
そして、テーブルに置かれた紅茶に手を伸ばし、軽く口を付けた。
「…美味しいな、これ」
霧野は、柔らかく笑む。
少し、表情が和らいだようだ。
良かった。
彼の言葉に、笑顔で返す。
「おいしいよな。俺もこの紅茶好きなんだ」
「なんか高級そうだな。神童が言うと」
あはは。
霧野が控え目に笑う。
霧野、元気出てきたな。
良かった。
俺も紅茶を頂こうと、シュガーポットに手を伸ばす。
すると、霧野が。
「あ、俺も、お砂糖もらっていいか?」
あれ。
少し、驚く。
彼は、お砂糖を入れるのを好む人じゃなかったから。
「いいけど、霧野、珍しいな」
「…なんかほら、無性に甘いもの欲しくなることってないか?」
疲れたときとか、さ。
紅茶を見つめる瞳が若干曇っていて、
小さな違和感。
「きり…」
「俺、ほんと、なんなんだろうな」
力ない声色が、胸に引っ掛かる。
霧野が、お砂糖を掬い、カップに入れて、掻き混ぜる。
その動作が、やけに緩慢で、なんだか、
話し掛けるな、
って、拒絶してるみたいで。
声を発するのが憚られた。
カシャカシャ、お砂糖を掻き混ぜる音が、沈黙に響く。
息苦しい。
カシャカシャ、カシャカシャ。
スプーンと陶器の擦れる音だけが、2人の間を満たす。
掻き混ぜる音なんかありふれたもので、特に、気に止めるようなものじゃないのに、
今だけは何故か、妙に鼓膜にまとわりついて、
耳障りだった。
「俺ってさ、どんだけ、女みたいなんだよ」
彼が、唐突に呟く。
霧野が、こういう自虐をいうのは初めてで。
胸に、焦燥が広がっていく。
もしかして。
悩んでるの霧野?
サッと、血の気が引く感覚。
咄嗟に、
ティーカップを手に取り、一気に飲み干した。
砂糖の溶けた、甘い紅茶。
熱さが、体の芯を、滑り落ちていく。
その感覚に身を委ね、深く息を吐き、一息付いた。
そして、先程から、砂糖を掻き混ぜつづける彼に、
思いきって、問い掛ける。
「また、いつも通り断るんだろ?」
霧野が手を止め、此方を見る。
当たり前じゃん。
そう言って、いつものように、笑ってほしい。
霧野の眼差しは、いつも通り穏やかで、
だけど、それに、安堵したのも束の間。
直ぐに、俯いて、
俺と視線を合わすことなく、伏し目がちに、彼は言ったのだった。
俺が一番恐れていた答えを。
「…実はさ、悩んでるんだ。」
「…っ!!」
つい、霧野の右の手首を掴んだ。
彼の持ったスプーンが床へ落ちる。
自分でも吃驚するくらい、強く強く、掴んでて、
霧野が、痛がってるって分かってるのに、
どうしても、制御できなかった。
「どうして?」
「し、神童…?」
「どうして?」
霧野が困ってる。
だけど止められない。
「誰なんだよ」
霧野が、悩むくらいに、大事な存在?
そんなの、俺だけで十分だよね?
ねぇ、霧野。
霧野分かってる?
「教えて、霧野」
霧野の瞳が、当惑に、困惑に揺れている。
睫毛が小刻みに震えている。
「…え、えっと、」
「言えよ、霧野」
言い淀む彼に苛々して、
語気が強くなる。
視線を反らし、明らかに怯えている様子の彼を、
じりじり、追い詰める。
握る力が、着実に増していった。
「…か、狩屋だよ」
狩屋マサキ。
出会って間もない、あんな奴が、
霧野にとって大事な存在として確立しているの?
なにそれ。
「狩屋と付き合うのか?」
「神童、お前、どうし…」
「付き合うのかって、聞いてるんだよ」
「だから、悩んで…」
「どうして!?」
力任せに、彼を押し倒した。
彼の持っていたティーカップから、紅茶が零れる。
霧野の服が濡れ、
此方の手にもかかったが、そんなの、どうでもいい。
「しん、どう…?」
呆然。
そんな風に、俺を見詰める君。
事の重大さを理解していない霧野に、心底苛ついた。
「霧野、悩むことなんかないだろう?」
さっさと、断ればいいじゃないか。
だって、霧野には俺がいる。
他の人なんか要らない。
ずっと、そうだっただろう。
「霧野、何を悩んでいるんだよ…」
霧野は瞬きを数回した後、小さく微笑んで、口を動かした。
「…あいつね、泣いてたんだ」
霧野の回答に、言葉を失う。
あぁ、
そうだ。
わすれてた。
君は、涙に弱かったね。
「告白するときボロボロ泣きながら、好きです″って。あの狩屋がだよ?」
霧野、
君は、本当に優しくて、
強きに厳しく弱きに慈悲深かった。
漬け込みやすいんだよね。
君って。
「初めてだったんだ。狩屋が、あんなに自分の感情吐露するの」
だからね、
出来る限り、
考えてみようって思ってるんだ。
霧野の口はそう続けて、そのあと、笑みの形に固まった。
………………………
じゃあ俺も、
泣きながら君を奪ってしまおう。
………………………
神童くんはいざとなったら独占欲発揮するタイプ
狩屋くんは演技派
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